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「フランス/パリ滞在質問箱」に時折割り込んで掲載(第9回)  私書函版「フランス/パリ・子育て雑記」(第9回)

「フランス/パリ滞在質問箱」に時折割り込んで掲載(第9回) 
私書函版「フランス/パリ・子育て雑記」(第9回)

RUE LOBAU (ロボ通り)

前章で新学期手当(ALLOCATION RENTREE SCOLAIRE)に触れたところ、複数の家庭から問い合わせがありました。「ウチの場合は支給されないのでしょうか」
それぞれ事情を聞いたところ、いずれの家庭にも「ダメですね。受給資格がありません」の答えになりました。子どもが外国籍児(ここでは日本国籍児)であることは受給資格に抵触しませんが、フランス国外出生児は支給対象外です。「日本生まれです。4歳でフランスに連れてきました」では、受給資格がありません。もちろん、世帯所得が制限ライン数字以下であることは当然ですが、それ以前に子どもの出生地で受給資格を欠いています。両親が日本国籍で日本で出生した子どもは、「家族呼び寄せ」(REGROUPEMENT FAMILIAL)制度というきわめて面倒で時間のかからる手続きを経て受給資格が生じます(注(1))。

注(1)「家族呼び寄せ」(REGROUPEMENT FAMILIAL)。
2017年5月の大統領選挙で大統領復帰を目指すサルコジーさんは、「TOUT POUR LA FRANCE」(「フランスのための全て」(2016年8月刊)で、政権構想を披露していますが、その中で「家族呼び寄せ」(REGROUPEMENT FAMILIAL)」制度の廃止を呼び掛けてています。2016年10月7日TVでのインタヴュー(FRANCE 2)では、「家族呼び寄せ」(REGROUPEMENT FAMILIAL)制度の可否を国民投票(REFERENDUM)にかける、としています。同制度は、簡単にいえばこういうことです。合法的にフランスに滞在・労働している外国人が、故国にいる家族=妻(夫)・子どもをフランスに呼び寄せることです。呼び寄せられた家族にも滞在・労働資格が与えられます。「家族は一緒に住む権利がある」から来た制度ですが、これが結果的にイスラム系移民を増殖させている、と見ているのでしょう。もとより日本人はイスラム系ではありませんが、この制度を利用することができます。事実、この制度利用で滞在・労働資格を得た日本人家庭は、ここ20年見当で三ケタ数の家族はいましょう。

新学期手当(ALLOCATION RENTREE SCOLAIRE)で思い出しました。「日本人会会報JOURNAL JAPON2013年5・6月号にこんな記事を書きました。

―フランスが高福祉・高負担社会であることは知られてきています。フランスの出生率(正確には特殊出生率というそうですが)、これが2.0になったというので、出生率低迷、人口減を憂慮する日本がフランスの出産・育児制度に注目した時期がありました。産前・産後休職手当・育児手当・家族手当・託児制度、、、などにつぃて、日本から取材陣が押しかけてラッシュになったものです。2006-7年の時期です。
厚生労働省から「日本でフランスとほぼ同様の手当を支給しようとした場合、10兆6000億円程度の支出規模が見込まれる。現行は3兆7000億円程度であり7兆円見当が不足する」の試算(2007年4月)が出て、フランスを見習え、フランスに続け、の声が退潮していったように見えましたー

フランスに戻ります。2016年9月のTV報道によれば、2015年度の家族手当公庫の赤字は3.4MILLIARDユーロ(約4400億円)の赤字。支給条件を厳しくしたことで、赤字幅は縮小傾向にあるといいます。
家族手当公庫は、正確には通称(略称)URSSAF(UNION DE RECOUVREMENT DES COTISATIONS DE SECURITE SOCIALE ET D’ALLOCATION FAMILIALE)。日本語に訳せば、「社会保障および家族手当負担金徴収公庫」といったところでしょう。高福祉は当然ながら高負担に支えられていますが、その高負担金を取りたてる総本山といってよいでしょう。
TOTAL(トータル)という石油・エネルギー会社をご存知ですね。エクソンモービル、シェブロン、BP,ロワイヤル・ダッチ・シェルと並んでスーパーメジャーの一つとされています。そのトータルとURSSAFが25年間、係争が続いていました.。 同社は、「フランスに住みフランス国内のトータル事業所に勤務している約400人の高給専門管理職をスイス・トータル社との契約にして、給与をスイス発生にし、スイスの社会保障を採用していたのです。つまり、フランス・URSSAFの高負担金を回避していたのです。スイスの方が雇用者負担が低いのでしょう。トータル側の言い分は、このようです(おそらく)。約400人の専門管理職は80か国の国籍者から構成されている。期間限定の雇用契約も多く、出入りも頻繁である。フランスとスイスには社会保障上の協定があるのだから、スイス・トータル社からの派遣のカタチをとっても不都合はない。社会保障費の高負担を避けるのは当然、企業経営のABCではないか。                           
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 URSSAFの高負担に悲鳴を挙げてパリ事務所を閉めた日本の大手A社の例もあります。A社パリ事務所は9- 10人の勤務体制でしたが、フランスの社会保障体系つまりURSSAFに登録したのは現地採用のフランス人女性秘書1名のみでした。残りの8-9人は、日本A本社からの派遣・駐在社員。給与も日本からの送金で、URSSAFの登録外に置いていたのです。トラブルはそのフランス人女性秘書が妊娠・出産となった際に発生しました。妊娠・出産の費用は100%がカヴァーされます。産前・産後休暇16週間の給与、産前・産後の養育手当もURSSAF 公庫の負担です。一方、A社パリ事務所は、URSSAFに社会保障・家族手当の負担金を1名分しか支払っていません。URSSAF側の大いなる持ち出しでしょう。URSSAFから査察職員が駆けつけました。「この8-9人のURSSAF非登録者も日本から送金されている給与に社会保障・家族手当負担金を課します」になりました。8-9人の給与送金額を過去3年に遡って集計し、その合計額の約60%見当、それに遅滞の利率も加わりますから途方もない支払い額になります。パリ事務所を閉めて撤退です。URSSAF閉鎖、URSSAF撤退などと呼ばれたものです。 こうした社会保障制度上のトラブルを解消したのが日仏社会保障協定です。(注2)

(注2)2007年6月に発効した日仏社会保障協定では、日本のA社在籍者がフランスの現地法人Bや関連会社Cに転勤・出向・派遣となる場合、5年間はフランスの社会保障制度(SECURITE SOCIALE)に加入しなくてもよい=日本のA社での社会保障制度にとどまってよい、と規定されています。
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1979年から2009年まで30年間、在仏日本人会の事務をしていましたが、この30年間にURSSAFの査察を4回受けています。1回の査察は過去3年分のチェックです。4年前は時効。4回の査察で延べ12年間分の人件費支出を調査されたことになります。これは通常なのか、周辺の情報を収集しますと、1901年法の中規模ASSOCIATIONにしては多い、になるようです。俗にいえば「叩けばほこりが出る金持ち団体」と見做されているのだろう、です。2006年の査察では、URSSAF査察職員―中年のマダム多し―-が、日本人会の事務所内をぐるり一周して「以外に狭いですね。もっと広いと思っていました」。フカフカの絨毯を敷き詰めた広大なサロンを想定していたのでしょう。実情は、一番安価なリノリウムだったのです。
4回の査察の内3回はシャンゼリゼ97番地(メトロGEROGE V前)の一等地に事務所を構えていた時期(1981-2008年)でした。大急ぎで付け加えます。事情があってシャンゼリゼ事務所の家賃は世間相場の1/3でした。
URSSAFの査察回数が多かったとすれば、5つぐらいの理由を挙げられますが、その中の最大の理由は、これでしょう。申告人が素人だということ。申告人は会計士でも何でもない僕です。Ⅰ月―12月の1年間の総人件費、それに関わる諸数字を翌年のⅠ月末日までにURSSAFに申告します。かなり複雑な計算仕事です。現在はインターネット申告になっていますが、当時はA3サイズでノーカーボン式3枚綴りでした。申告人の署名欄に加えて、書類作成を担当した会計事務所のCACHET(社判)押印欄があるのでした。日本人会は実際には貧乏団体ですから会計事務所に依頼する費用はありません。会計事務所のCACHET(社判)押印なしの空欄で、30年間押し通していました。「素人が申告書を作成している」が査察が多かった最大の理由と見るのが妥当でしょう。
確かに複雑ですが、詳細な説明書が付いています。何とかなるものです。
4回の査察の成績はこうでした。2回はお構いなし、1回は微額の追徴金、1回は過払いよる微額の払い戻しです。会計素人の成績としてはまあ合格、と思っています。
高福祉、高負担の舞台裏には、いろいろな出来事があったのでした。今も続いているでしょう。
そして、この30年間のURSSAF体験が、「滞在相談室」に繋がっていることも確かなことです。
「URSSAFって何ですか?」「SECUって日本の国民健康保険とどう違うのですか?」にウンチクを傾けていますが、それも30年間のURSSAF体験があってのことです。
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ここで俄かに1982年に遡ります。1982年3月17日、18日の2日間に亘って「日仏音楽交流の夕べ」(以下、夕べ)が開催されました。主催・在仏日本人会、後援・在仏日本大使館(文化部)、協力・フランス松下電器(現PANASONIC FRANCE)。 僕は1979年秋から日本人会事務局に勤務したので、勤務歴3年半弱の時期でした。「夕べ」の「日本人会主催」は冠(かんむり)で、名義貸しのイベントです。実質は大使館(文化部)さんが取り仕切った音楽会、スポンサーがフランス松下電器さんでした。パリには日本人音楽留学生の多い二つの音楽専門校があります。CONSERVATOIRE NATIONAL SUPERIEUR  DE MUSIQUE(略称CNSM/国立高等音楽院)(注3)とECOLE NORMALE DE MUSIQUE (エコールノルマル音楽院)です。

(注3)CNSMは、1990年に「et de danse 」(=and the dance)が付け加わって、現在はCNSMDになっています。
                    
「夕べ」は、この2校の優秀な音楽生の発表会でした。選考は音楽院側。日本人留学生、地元のフランス人音楽生、東欧諸国、南米各国、中国、韓国、、の音楽留学生が、ピアノ、ヴァイオリン、フルート、ハープ、、、弦楽四重奏、声楽などでその成果を'披露しました。初日がCNSM音楽生、二日目がエコールノルマル音楽院生。会場はパリ市立カルナヴァレ美術館(MUSEE CARNAVALET(23 RUE DE SEVIGNE PARIS 3e)。同館にはパリ歴史博物館の別名があります。日本人会の役割は会報誌上でのPR,アルバイトを動員してのポスター貼りくらいなものでした。「夕べ」終了後、出演学生に奨学金名目の出演料の支払いがありましたが、原資はフランス松下電器さんです。カルナヴァレ美術館会場費は無料だったと記憶していますが、会場に客席の椅子が不足していました。それでパリ市庁備品部から座席用の椅子を150脚ほど拝借したのでした。その賃貸料と運搬費を支払いにパリ市庁会計課に足を運んだのでした。会計課は5,RUE ROBAU PARI S 4区(パリ4区、ロボ通り5番地)とありました。
メトロHOTEL DE VILLE駅から地図を片手にRUE ROBAU(ロボ通り)をさがして歩き出したとき、 「この道はいつか来た道」感に襲われました。そう、1977年のある日、3年越しに決着した1500フランの支払い(注4)を済ませにこの道を急いだのでした。あれから5年は経ていますが、同じ会計課、同じ窓口でした。古色蒼然とした風情は変わっていませんでした。応対に出た窓口の無愛想なマダムも同じだったように思います。1974年3月22日に未熟児で生まれた長男は8歳になっていました。椅子の運搬費を精算しに足を運んだこの日が1982年3月22日であったとまではいいません。それは出来過ぎた話になりましょう。「夕べ」は3月17日、18日。その事後精算ですから、おそらく4月上・中旬だったでしょう。               

(注4)ここまでの数章で書いてきたことですが、繰り返します。1974年3月22日出生の長男は、1250グラムの未熟児でした。約2か月間、産院預かりとなって2750グラム見当で産院を出ました。
産院からは、もっぱら「SECURITE SOCIALE(SECU)の番号を知らせよ」でした。SECUに加入出来ていなかったので「ただ今、加入手続き中」で逃げていました。ラチが明かないと踏んだ産院会計は書類をパリ7区市役所のAIDE-SOCIAL/AIDE-MEDICAL(社会援助・医療費援助課)に送付し、同課との交渉になりました。医療費は、家内の出産費も含め3万フラン弱で、当時のフランス・フランと円のレートでは250万―275万円でした。同課から数回の呼び出しがあり、調査員が暮らし向きを見に来たり、があっって、最終的に「1500フラン支払いなさい」で結着が付きました。この時点で、長男は3歳になっていました。1977年、某月某日、僕はパリ市庁会計課に1500ユーロを支払って、この件の結着を見たのでした。単純計算では、医療費額の95%を棒引きにしてもらった勘定になります。                     
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1980年代中期から2000年代初頭の約20年間は、収入もほぼ安定して、そこそこに所得税(IMPOT SUR REVENU)を納めていたので、棒引きにしてもらった医療費は返した気分になっています。所得税(IMPOT SUR REVENU)は国庫、棒引きにしてもらった医療費はパリ市庁庫。支払い金庫が違う、といわれればそれまでですが、金は天下の回りものともいいます。ご寛容を乞う、とします。


2016年年11月3日 記  岡本宏嗣
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