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「フランス/パリ滞在質問箱」に時折り割り込んで掲載(第17回)  私書函版「フランス/パリ・子育て雑記」(第17章)

「フランス/パリ滞在質問箱」に時折り割り込んで掲載(第17回) 
私書函版「フランス/パリ・子育て雑記」(第17章)  (2018年11月14日、一部改稿しました)。

プレパ(PREPA)とは、どういうものか (3)

プレパが、フランスの教育制度や学校制度の紹介本、解説本など紙の上で登場する用語ではなく、生きた現実として接触したのは1984年5~6月頃のことでした。30余年も前のことになります。それは、早熟で英才の評判が高かったA君を通してでした。
A君は母親が日仏ハーフなので、日本人の血が1/4入っていることになります。     
フランスで生まれ、フランスの幼・小・中学校を経て、その時はLYCEE(リセ=高校、3年制)のTERMINAL(テルミナル、最終学年生)、つまり高校3年生。年齢は17歳もしくは18歳でした。日本語は正課としては学んでいなかったようです。祖父が日本人なので日本には関心があり、14歳の時に日本人の祖父に連れられて日本に旅行をしたとのことでした。

1984年3~4月頃、A君に「日本人会会報JOURNAL JAPON」向けにエッセイの寄稿をお願いしました。テーマは「日本旅行の印象紀」です。英才A君の文章を是非読んで見たかったのです。といって、僕にA君のフランス語表現力を直接に判定するフランス語力はありません。A君のフランス語原文、日本人の祖父による日本語訳、日仏対訳でエッセイをちょうだいしたのでした。(注 1)。
早熟、英才は悪くいえば、青二才、生意気ともいえます。当時、まだ影響力のあったロラン・バルトROLAND BARTHESの日本論ともいうべき「象徴の帝国」(L’EMPIRE DES SIGNES)あたりを引用して、、、、、と予想していたのですが、この予想は見事に外れました。A君の日本観は、ヨーロッパ人に多い日本文化の特殊性、西欧文化との異質性といった見方ではなく、 中世の化学者・錬金術師パラケルス(ス)PARACELSE(PARACELSUS)や医師LOUIS DURETの思想に通底しているSYMPATHIE(共感、共鳴、交感)をキーワードにした展開でした。2018年の現在、そのエッセイを読み直してみたのですが印象にかわりはありませんでした。17-8歳児とは思えない成熟した一文です。

(注 1)1979-2009年、在仏日本人会事務局長の職にありました。退職後も現役時代と同様に続けていることが二つあります。一つは「滞在相談室」です。ブログ「フランス/パリ滞在質問箱」は、同相談室の「別室」です。もう一つは、「日本人会会報    JOURNAL JAPON」への連載寄稿です。滞在に関するあらゆる問題に対応しています。

さて、A君とプレパのことです。後日談として知ったことなのですが。
A君にエッセイの寄稿をお願いしていた1984年の3~4月時期、A君にとってはプレパ進学の可否が決まる時期だったのでした。そして、いくつかの志望先のプレパ(文系コース)の
いずれからも却下されたとのことでした。A君はいうまでもなく成績抜群だったでしょう。 ところが、A君が在籍していたLYCEE Bはパリ市内のLYCEEの中では下位ランクの評価でした。LYCEE Bでいくら成績がよくても「所詮はしれている」と低評価されたのでしょう。志望先のいずれのプレパからもAVIS  FAVOLABLE(入学許可)が出なかったというのです。
A君は直接行動に出ました。自分を外したプレパXの校長(PROVISEUR)に直談判して却下の判定を覆させ、プレパXへの進学を果したということでした。
プレパというものが具体的に存在し、そこには合格したり外されたりの選考がある、進学する学生がいる。A君がそれを教えてくれたのでした。とはいっても、その時期、長男は未だ10歳児。遙かに遠い先のこと、ヨソ様に起きた出来事でしかありませんでした。
その7年後に、長男がA君と同じプレパX(理工系コース)に進むことになるのですが、、、。

******

プレパ進学の仕組みや選考の実情などその概要が見えてきたのは、2001年の次男のプレパ進学を通しでした。次男の在籍していたLYCEE(高校)にはプレパがありました。次男にとっては、自校のプレパに残るか、それとも他校のプレパに進むか、その選択でした。 自校プレパも含めほぼ同ランクの4プレパに応募し、4プレパからAVIS FAVOLABRE(入学許可)が出たのでした。4プレパの内2プレパは捨てて、二つに絞りました。一つは自校プレパ。もう一つはA君(1984年度)と長男(1991年度)が進んだプレパXです。 進路指導の教官に相談したところ、「キミはPYSIQUE-CHEMIE(物理・化学)コースだから、両方とも、まあ似たようなレヴェルにある。どっちでもよいのでしょう」のアドバイスを得て、結局、通い慣れた自校プレパを選んだのでした。
一口にプレパといっても、大別すれば理工・技術系コースと商業系コースがあり、それがさらに
細かいコースに分かれていること、コースによってグランゼコール受験のノウハウ、指導テクニック、過去の合格実績などにプレパ独自の特色があることを知ったのでした。           
次男が商業系コースであったら迷わずプレパXに進学したのかも知れません。先程、「4プレパの内2プレパは捨てて」としましたが、この二つから選んだかも知れません。全く別の4プレパへの応募になったのかも知れません。
iいずれにしても、僕父親は全くの白紙というより全面無知。
「長男、次男が同じプレパでは面白くない。別々プレパ、大いに結構」の野次馬観察者でしかありませんでした。

在籍している自校にプレパがある場合は、前述したように「自校のプレパに残るか、それとも他校のプレパに進むか」の選択になります。「キミの成績ではここに残るのは難しそうだ。どこか別のプレパを探しなさい」の内示もあるでしょう。ここで別のプレパとは、「ここ」より下位ランクのプレパを意味します。
一方では、他校からの応募生の受け入れがあります。14章に記したように、プレパには地域枠、学校区群枠がありません。フランス国外校も含めて完全オープンです。パリのプレパでは、地方出身者のために50室見当のFOYER(学生寮)を備えているのが通常です。
自校にプレパがあることは、自校プレパに居残る生徒、より上位ランクの他校のプレパに、あるいはより下位とされている他校プレパに進む生徒がいるということです。加えて、他校から応募してくる生徒も多数いて、それを整理整頓、選考して良質な生徒を選びたい。こうした作業を経てプレパ・クラスが構成されることになります。
在籍する自校にプレパがない場合は、学校側にこうした作業がないのでプレパ進学は埒外になり、進路指導も無いに等しく、当人が孤軍奮闘することになります。長男のケースがそれでした。
当「子育て」10章で触れました。長男の在籍していたLYCEEは、沿革をたどれば旧制女子高校で、音楽エリート養成のため調整クラスを設置している特殊高校でした。もとより自校プレパはありません。たまたまある学科の教員がコツコツまじめ型の長男に声をかけてくれたことからプレパ・ストーリーが始まりました。「キミはプレパに進んだらどうかね。プレパ情報はONISEPに問い合わせるとよい。推薦状は僕がいかようにも書こう」 (注 2)
あの時、その教員が声をかけてくれる「幸運」がなかったらプレパからグランゼコールに進むことはなかったでしょう。長男が在籍したCOLLEGE(コレージュ・中学校4年制)はZEP指定校でした(注 3)。LYCEEは音楽系の特殊高校。PREPA Xに進んだ際に同僚から「そんな学校からよくここまで這い上がってきたな」と驚かれたそうですが、それが実感されたのは10年後、2001年に次男がプレパに進んだ時でした。次男が定型コースでプレパに進んだことから10年前の長男のプレパ進学が定型から外れたものであったこと、「幸運」以外の何ものでもなかったことを思い知らされたのでした。

(注 2)ONISEP=OFFICE NATIONAL D’INFORMATION SUR LES ENSEGNEMENTS
ET LES PROFESSIONSという国立の進路指導窓口の存在をこの時初めて知りました。MAIRIE(市役所)内に常設、あるいは進路を決める時期に出張デスクを設けて学業、職業資格取得の進路相談に応じています。進路指導の案内冊子も刊行しています。

(注 3) ZEP=ZONE D’EDUCATION PRIORITAIRE 
「子育て雑記」10章から引用します。
長男の在籍したB中学校はZEP(ZONE D’EDUCATION PRIORITAIRE)地域内の中学校ということでした。ZEPとは、教育特別指定地域の意です。治安が悪く、風紀が乱れている地域とされ、保護・監視が必要な小学校・中学校・高校ということです。低所得層の家庭が多い、学力は低迷、校内外での暴力沙汰が発生しやすい。特別予算をつけて教員数を多くし、給与額も割り増しとする。さらに屈強な補導員も配置して対応する。そういったことが必要とされる小・中・高校です。

******

次男のプレパ進学以降に顕著になってきた現象があります。
プレパには、コース別にランキングがあり、公立・私立、さらには、ここ10年ほど前からプレパ専科の私立塾が加わってきました。これらが入り乱れてグランゼコール合格数を競っています。ECOLE POLYTECNIQUE(通称 ポリテク)、 ECOLE NORMALE SUPERIEUR(通称、ノルマル・スップ)、商業系であればHEC(アッシュ・ウー・セー)などを頂点とする名門グランゼコール群に何人合格したかが、そのプレパの評価に直結していることです。     私立プレパ、プレパ専科私立塾もランキングの上位を占めて競争は加熱状態を呈してきました。
公立プレパは無料、私立プレパは有料で高額、プレパ専科の私立塾は超高額です。     
長男、次男ともただただ自然体、成り行きで公立プレパに進んだので、受験戦争費用はゼロでした。

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1991年に長男、10年後の2001年に次男のプレパ進学の様子を見聞してきました。
2006年からは、BAC(バカロレア)での試験科目「外国語」で日本語を選択する生徒向けに「日本語BAC準備クラス」を家内と一緒に続けています。
卒業生は40人を越えています。プレパに進み、その後グランゼコールに合格した生徒も出ています。プレパに進んだものの、体質が合わず、途中から別コースに進路を変えた生徒もいます。これらの見聞から、プレパを過大視せず、実寸大、等身大で見ることが出来ると思っています。
昨年度(2017/18年度)からPARCOURSUPと呼ばれる進学先選定方式が導入されています。大学の学部・学科、公立プレパのコース別志望先を一括して提出する新方式です。一極集中しがちな応募を調整する対策とされていますが、どういうことになるのか注目しています。

最後に、冒頭に登場のA君です。プレパXでの2年を終えて、グランゼコールの最高峰の一つECOLE NORMALE SUPERIEUR ULM(通称、ノルマル・スップ・ウルム)に合格しました。
IEP(INSTITUT ETUDES POLITIQUES、通称シアンスポ)を経て、パリ大学で博士号を取得、AGREGATION(アグレガシオン、教授資格)にも合格して、現在は大学の教壇に立っています。A君にねじ込まれて入学許可を出した当時のプレパXの校長は、A君のノルマル・スップ・ウルム合格に、してやったりとほくそ笑んだに違いありません。

2018年11月10日 記   岡本宏嗣
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