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APS(AUTORISATION PROVISOIRE DE SEJOUR)の申請が却下されたのですが、、。

質問。先日学生からAPSの申請中の件について質問した者です。今週プリフェクチュールに出向いて進行状況を尋ねたところ、申請は却下されたとの事でした。却下理由は何となく納得のいったものだったので、これは受け入れます。
その上で2点質問があります。
1.  前回の質問にも書いたのですが、APSの申請中、学生滞在許可証が切れた状態で数日サラリエとして働いてしまいました。この場合、APS却下を受けてどの様に対処したら良いのでしょうか。
2. 既に学生滞在許可証は期限切れの状態ですが、PLへのchangement de statutを申し出る事は可能なのでしょうか。滞在許可書が期限切れなのでプリフェクチュールでAPS申請却下の証明が欲しい、と訴えたところ、学生滞在許可証の更新のRV(5月)のconvocationを出してくれました。恐らくこれが現在の滞在を保証してくれると思うのですが...。担当者には、RVの日までに、もしCDIの契約を貰えればここに出向いて申請できる、と言われましたが、実際はどうかわかりません。
込み入った質問で恐縮ですが、何かアドバイスを頂けたら幸いです。

お答え・見立て。                               

MASTERのDIPLOME取得者でAPS申請が却下されたケースは、当室では初めてです。 「却下理由は何となく納得のいったものだった」とありますから、この点は深追いしないで おきましょう。

1.数日働いた後に、あわててストップしたのであれば、BONNE FOI(誠実)の範囲ではないでしょうか。数日のフライングでトラブルが発生するとは思いません。何か特別の事情があるのでしょうか。過去に、年間上限964時間労働をオーバーして注意を受けたことがある、それが記録として残っているので前科あり、再犯になってしまう、とか。「どの様に対処したらよいのでしょうか」ですが、手続きとしては何もないでしょう。何らかの局面でそれを指摘されたら「うっかりしていました。すぐストップしました。ゴメンナサイ」しかないでしょう。

2.「PLへのchangement de statutを申し出る事は可能なのでしょうか」ですが、トライしてみるしかありません。こうした変則型に可・不可の規定はないでしょう。「学生滞在許可証の更新のRV(5月)をもらっていますが、学生滞在許可証の更新ではなくPLに変更したいのでRVをとり直したい」とかけあってみたらいかがでしょうか。同時にPLにchangement de statutする場合の要件もよく調べて行動してください。

2017年10月28日  滞在相談室  岡本宏嗣
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INTRODUCTION(召喚申請)方式での労働許可申請の注意点

質問。2017年7月より学生の滞在許可証から給与所得者への滞在許可証への変更を試みていました。
契約を1年から2年に変更し雇用者側からも県庁に後押しをしてもらいましたが、
博士課程の学業が終わりDiplômeを取得するまでは無理との県庁の見解は変わりませんでした。
先週、学生用滞在許可証の更新を済ませ(2週間ほど前に有効期限が過ぎていましたが、ランデブーが取れたのがこの日付でした)ましたが、最後の手段としてINTRODUCTION(召喚申請)方式を雇用主が取ってくれることになりました。
県庁に問い合わせたところ、申請した学生用滞在許可証の更新をキャンセルすることを書面(キャンセルを願い出る文面)にして、レセピセのコピーを同封したものを県庁に普通郵便で郵送)で送付すれば可能だということだったので、早速この手続きを取りました。来週早々に帰国予定です。
INTRODUCTION(召喚申請)方式の場合、帰国した後に日本の住所への住民登録を早々に済ませる必要があり、その後ではないと雇用者は労働局に書類を持ち込めないと理解していますが、このような理解で大丈夫でしょうか。また、帰国後雇用者と協力してなるべく手続きをスムーズに行い、一刻も早く仕事につくことを希望しています。以上の点について、注意点やお気づきの点をお教えいただけますと幸いです。

お答え・見立て。
文面に「INTRODUCTION(召喚申請)方式の場合、帰国した後に日本の住所への住民登録を早々に済ませる必要があり、その後ではないと雇用者は労働局に書類を持ち込めないと理解しています)とありますが、この点はDIRECCTE-MOE(県庁。外国人労働管理局)に確認した方がよさそうです。「学生滞在許可証の返却」「日本への帰国の確認」で申請できるかもしれません。フランスには住民登録・住民票制度がありません。選挙権行使の場合には、引っ越しによって選挙投票地区が移動したことを市役所(MAIRIE)に届け出る必要がありますが、それ以外は、現住所証明はEDF/FACTURE、固定電話のFACTUREなど日々の生活での消費性のある書類の提示になるようです。

次に、申請手続きをスムースに進行させ、労働許可(AUTORISATION DE TRAVAIL)をなるべく早く下してもらうポイントについてです。結局のところは、雇用者の熱意ではないでしょうか。DIRECCTE-MOE(県庁。外国人労働管理局)の担当者に時折連絡を入れて「例の申請件、よろしく」のINTIMEな関係です。DIRECCTE-MOE(県庁。外国人労働管理局)の役割は、労働市場の保護だけでなく、必要な労働力の確保の面もあります。「当社にとって、この外国人は必要な人材なのです」のアプローチではないでしょうか。

2017年10月26日  滞在相談室  担当  岡本宏嗣

日本から発注を請ける場合のTVAについて

質問。MDAに登録しアーティストとして活動をはじめたばかりの者です。
この度、日本の発注者より仕事の依頼があったのですが、実際の見積り作成にあたり、発注側からTVAを加算しないで欲しいと言われました。
日本の消費税を支払わなくて良いとは思いますが、フランスでかかるTVAは日本の方には請求しなくて良いのでしょうか?
支払いは日本からフランスの口座に送金される予定です。                      
個人事業主として活動を始めたばかりで税のことなどよくわかっておりません。    

お答え・見立て。
「MDAに登録しアーティストとして活動をはじめたばかり」ですから、美術作品の売却収入が年間42900ユーロは超えないであろう、の見込みで、TVAは加算しなくてよいことになっています。   見積書(DEVIS)や請求書(FACTURE)には、
TVA NON APPLICABLE Art293B du CGI
と明記します。
日本語では「フランス税法293B条の適用により、TVA(付加価値税)は、申し受けません」となりましょう。
Art293B(フランス税法293B条)を、さらに詳細にArt293B―Ⅲ-2(フランス税法293B―Ⅲ-2条)と表記してもよいでしょう。
なお、TVA加算が免除になるのは、                                                          (a)美術作品売却収入の場合は、上記のように年間42900ユーロが上限ですが、
(b)自由職業(PL)収入、サービス業収入の場合は33200ユーロ
 (c)商品の売却収入の場合は、82800ユーロ

とされています。いずれもArt293B du CGIの適用です。

2017年10月21日  滞在相談室  担当 岡本宏嗣




パリ在住、Master取得後APSを申請中の者です。パリでのAPSの申請方法が最近変更になり、直接出向くのではなく書類を郵送で送る方式になったようで、、、、、

質問。パリ在住、Master取得後APSを申請中の者です。パリでのAPSの申請方法が最近変更になり、直接出向くのではなく書類を郵送で送る方式になったようで、慌てて書留にて送付した次第です。既に学生の滞在許可書の期限は切れており、手元にあるのは書留のAvis de réceptionだけで、これを受け取ってから3週間経ちますが未だ何の連絡もありません。これを普通とみるのか初めての事なのでわかりませんが...。

そこで質問です。実は滞在許可証が切れている状態で数日サラリエとして働いてしまいました。(避けるべきだったのですが、方法が変更になった数日後に仕事、代わりを探す時間がなかった為、やむを得ず)もし申請が却下された場合、やはり雇用側を巻き込んで大きな問題となってくるでしょうか。

お答え・見立て。
学生滞在許可証は、9・10・11月が混雑のピークですから、郵送方式での申請で「3週間経って音沙汰なし」は「普通」でしょう。とはいえ、滞在許可証の期限が切れている状態では、不便でしょう。精神衛生上もよろしくありません。MASTER取得後のAPS(AUTORISATION PROVISOIRE DE SEJOUR)申請が却下された事例を知りません。ほぼ自動的にAPSが発行されています。自信を持って窓口に赴いて、訴えてみたらいかがでしょうか。無駄足は覚悟で動いてみることです。「あと何日くらい待てばよいか」の進行状況はつかめるかもしれません。MASTER 取得後のAPS申請途上にあるのですから、文面の後半にある「雇用側を巻き込んで大きな問題となってくる」こともないでしょう。


2017年10月20日  相談室  岡本宏嗣       

2017年9月5日付「プロフェッションリベラルからサラリエへの変更の可能性はありますか?」へ補足します。

質問。先日学生からPLへ身分変更(職業は翻訳通訳業)で、無事に1年のcarte de séjourがおりました。そこで質問なのですが、PLで活動しながら、もしやはりサラリエとして一つの企業で働きたいと思った場合、PLのビザの内容とつながりのある職業で、その企業が手続きをしてくれる場合は、サラリエに変更することは可能なのでしょうか?このような事例を聞いたことがないので疑問に思い質問しました。
また、PLでありながら一つの企業にほぼ専属として働いた場合、更新の際に何か問題が生じるのでしょうか? 何かこういった事例の情報があれば教えていただければ幸いです。

お答え・見立て。                                       
上記の質問(2017年10月11日付コメント欄に投稿)は、同内容の質問を以前に受けています。これには2017年9月5日付「プロフェッションリベラルからサラリエへの変更の可能性はありますか?」で回答済みなのですが。                     同回答を再読していただいた上で、一点、補足します。

SALAIRESでも NON SALAIRESでも、同時に双方での収入が得られる滞在許可証として、
(1)VIE PRIVEE ET FAMILIALE
(2)CARTE DE RESIDENT(通称10年カード)
(3)PASSEPORT TALENTの第10項(4年を上限とするカード)
があります。質問者Aさんの状況から見て、PROFESSION LIBERALE(PL) から(3)への身分変更申請が考えられますが、難しいのではないでしょうか。Aさんが「学生」から(3)へ身分変更申請したのであれば可能性はあったかもしれません。そうではなく、Aさんは「学生からPLに身分変更済み」です。それをさらに(3)へ変えようとするのは、不定型の変更申請といえましょう。            
 ここで、時々あることなので、触れておきます。不定型の変更申請を申し出た場合、受付レヴェルでは「受付けるべきか、門前払いにすべきか」の判定がつかないので、「とりあえず受付ける」ことがあります。「受付けてくれた」=「申請が受理された」ではありません。最悪の場合は、1年近く待たされて(その間はレピセ、再レセピセ、再々レセピセ、、)、結局は却下、がないとはいえません。滞在許可証は「生き物」です。定型をもってよしとする、不定型・変則型は極力避けよ、ですね。

2017年10月13日  相談室  岡本宏嗣

労働許可が2回却下されたのではありません。労働許可申請に必要なATTESTATIONです。 =2017年9月17日付ブログ「労働許可が2回、却下され、パスポート・タロンの可能性を探っているのですが、、、。」に再質問です=

質問。
基本的にはP&Tも(前身のC&Tと同様に)飲食業従事者は対象外となっているのかと判断します。別の手法を探ってみようと思います。
一点、今回却下となっているのは労働許可申請ではなく、その前段階である申請を行うために必要なAttestationの発行です。エージェントによれば、最低5週間と言われている人材募集期間を行くたびにもう5週間、もう5週間と延ばされているとのことでした。
また募集要項をもう少し緩やかにできないか?などのアドバイスをされるそうです。
Attestaionが出れば申請→許可は比較的可能性が高いというエージェントの話ですが、最近の労働ビザ状況はどうなのでしょうか?

お答え・見立て。
当方の読み違いでした。2回却下されたのは労働許可(AUTORISATION DE TRAVAIL/以下AT)ではなく、労働許可申請に必要なPOLE EMPLOI(HELLOW WORK)が発行するATTESTATIONということでした。
「POLE EMPLOIが発行する」が抜け落ちていましたので、読み違えました。
DIRECCTE-MOE(外国人労働管理許可)へのAT申請には、POLE EMPLOI(日本のHELLOW WORK)が発行するATTESTATIONが必要提出書類の一つ、とされています。
「POLE EMPLOI(求人・求職斡旋局)で、求人に付された」というATTESTATION(証明証)です。そこには「求人に付したものの(人捜しはしたものの)、条件を満たす人材はフランス国内労働市場では見つからなかったので、この外国人(日本人)にATを下ろしてください」の含みがあるわけです。文面には、このATTESTATIONが「(POLE EMPLOIへ)行くたびにもう5週間、もう5週間と延ばされている」とあります。また、求人条件を「もう少し緩やかにできないか?などのアドバイスをされる、ともあります。
ATを取得するには、いくつかの決め手がありましょう。人事セクションが外国人雇用になれている、外国人雇用が専門のベテラン弁護士を起用する、実績のあるエージェントに依頼する、、、、などです。それらの中の一つに、雇用主「A(社)」が外国人「B」の雇用に熱意を持っている、があります。「ウチAの営業には「B」が必要なのです。それも急いでいるのです。さっさとATTESTATIONを出してください」の気概です。
もう3年ほど前になりますか、このブログで肝っ玉MADAME「C」のエピソードを紹介したことがあります。日本人学生「D」さんからのこんな報告でした。
「D」さんは、MADAME「C」のもとで学生アルバイトとして働いていました。
日本での職業経験も豊富で、有能な人材だったのでしょう、大いに気に入られたようです。
そこで、学生からのCHANGEMENT DE STATUTではなくINTRODUCTION方式でAT申請したところDIRECCTE―MOEからは却下通知。MADAME「C」は即刻、担当者に電話を入れました。
担当者は若い男性(のよう)で、MADAME「C」の剣幕と罵声にタジタジ(のよう)でした。担当者はこう出てきました。
「MADAME「C」、それではSALAIRES MENSUELLE(月給)を100ユーロ上げてください。その数字ならなんとか許可を下ろせますので」。
「前便の却下を撤回し、ATを下ろします」の許可通知を見せてもらいました。

余談になってしまいました。質問からも逸れたようです。
最近のAT(労働許可)状況はどうなのでしょうか?
DIRECCTE-MOE(外国人労働管理局)UNITE TERRITORIAL DE PARIS(パリ支局)は
INTRODUCTION方式での申請には比較的に穏やかな時期にある、の印象を持っています。
パリ近郊県、地方圏(REGIONALE)については、全くわかりません。

2017年10月10日  相談室  岡本宏嗣


AE滞在を5年以上続けても、10年カードは出さないといわれたというのですが、本当でしょうか。

質問。
パリ在住。AUTO-ENTREPRENEUR(AE)滞在です。最近、得た情報です。AE滞在を5年以上続けても、10年カードは出さないといわれたというのですが、本当でしょうか。AE滞在で10年カードが出た例はないのでしょうか。AEの上限33000ユーロ以内に
なんとか納めてきたのですが、、、、。ご存じであれば、教えてください。

お答え・見立て。AUTO-ENTREPRENEUR( A E )は2009年スタートです。まず、COMMERCANT(商業者) ARTISAN(手工業、手工芸者)に適用されました。
AE-PROFESSION LIBERALE( A E-P L)は、1年遅れの2010年スタートです。
そろそろ、CESEDA(外国人滞在管理法)L314-8条(少なくとも5年以上の滞在実績のあること)の該当者が出てきてよい時期ですが、AE滞在を5年間(以上)続けてCARTE DE RESIDENT(CDR/10年カード)を取得した実例は知りません(当室相談者に限ってのことですが)。
AE滞在5年(以上)でCDRを取得した方がおられれば、是非、報告してください。

現在、C DRを申請中の例があります。但し、パリ近郊県です。AE-PLを2年、その後「通常のPL」(PL CLASSIQUE)に変えて3年、計5年の滞在を消化してCDRを申請中です。パリ近郊県ですが、「AE-PL+通常PL(PL CLASSIQUE)3年=5年」のケースとして注目しています。

AEは、個人起業奨励策として打ち出されたものです。失業手当の受給期限が近づいた(過ぎた)ものの再就職口がない、とか。勤務先の会社が営業不振でLICENCIEMENT ECONOMIQUE(経済解雇)された(予定されている)とか。退職年金が少ないので副
収入が欲しい、とか。この際、個人で起業して収入を得よう、に対しての奨励制度です。REGIME FISCAL(税務)、REGIME SOCIAL(SECURITE SOCIALE/社会保障負担金)での優遇措置(軽減措置)です。
AEは外国人のための制度ではなく、外国人も排除しない、という位置付けです。
外国人学生滞在者がCHANGEMENT DE STATUT(滞在身分の変更)する場合、初心者、駆け出しの新人、と踏んで「AE-PLで始めるのが無難でしょう」とされがちです。

AEは、どちらかといえばマイナーな世界といえましょう。言の葉の勢いで「AE滞在を5年以上続けても、10年カードは出さない」はありそうです。質問者はAE-PLの年収上限33000ユーロを超えるとREGIME変更の手続が面倒なので、越えないように腐心していると見ました。年収33000ユーロはSMIC年収の2倍見当になります。この年収ラインを5年(以上)維持していければ、優秀な
AEではないでしょうか。CDRが出るのではないでしょうか。

最後に繰り返します。
AE滞在5年(以上)でCDRを取得した方がおられれば、是非、報告してください。

2017年10月7日  相談室  岡本宏嗣

「フランス/パリ滞在質問箱」に時折割り込んで掲載(第11回)  私書函版「フランス/パリ・子育て雑記」(第11回)

「フランス/パリ滞在質問箱」に時折割り込んで掲載(第11回) 
私書函版「フランス/パリ・子育て雑記」(第11回)

バカロレア(BACCARAUREAT) の公平性・匿名性、そしてフランスの受験戦争キーワード
「コンクール、グランゼコール、アンジェ二ユール」に触れて


前章(第10章=第10回)で、長男の中学・高校進学事情で「知らなかった」「分かっていなかった」に触れました。これは、学校選びの実情、実態が分かっていなかったということです。外国人(日本人)の親として、子どものフランスでの学校教育にどう対応していくか。この基本には直接関係しないことでした。それでは、基本的なこととは何か。日本人の父親はフランスでの学校教育にこんな見方をしていました。もちろん、幼、小、中、高校、大学のすべての学校教育を日本で過ごしてきた日本人父親の見方です。二人の息子の学校教育を一貫してフランスの公立校で消化し、社会人となった今では、細かい点で多少の修正は必要ですが、本筋では変わりありません。
                       ****

フランスの大学はすべて国立であって、募集人員、座席数を競う入試がありません。日本のように入試が難しい一流大学、難関大学があるわけではありません。大学格差が基本的に存在しないことになっています。パリ大学が一流大学で、地方都市の大学( 注1 )はやや落ちる、ということではない。BACCALAUREAT(バカロレア)、,略称BAC(バック)と呼ばれるフランス全土一斉試験に合格すれば原則、希望の大学(UNIVERSITE)、希望の学部(FACULTE)に登録はできます。LICENCE(学士/3年教程)、MASTER 1(前期修士1年教程、MASTER 2(後期修士1年教程)、、、、、と進級できるかどうかは本人のその後の努力次第でしょうが、BACさえ取得すれば、大学で学ぶ資格は得られます。
フランスの大学には入試がない、日本と比べれば学費も無料同然( 注2 )という事情から、日本では難関とされる医学部に登録するBAC取得生が後を絶ちませんが、これについては後段に回します。 

( 注1 )一例として南仏のモンプリエ大学(UNIVERSITE MONTPELIER)の医学部。12世紀の創立、ヨーロッパ最古の医学部(の一つ)とされ、伝統を誇っています。

( 注2 ) 2017/2018年度の学費(年間)は以下のようです。
  学士(LICENCS)課程       184ユーロ
  修士(MASTER)課程       256ユーロ
  博士(DOCTORAT)課程     391ユーロ
  医学(MEDICALE)課程      512ユーロ
  GRANDES ECOLES(理工系)  610ユーロ
  (グラゼコール)
学生健康保険           217ユーロ
雑費                  50ユーロ

1ユーロ=130円で換算すると、医学課程で67000円見当(年間)になります。    

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大学入試がないこと、これはLYCEE(リセ・高校)進学にも関係してきましょう。入試がない、従って大学格差がないのが前提ですから、「一流高校」の意味がないとはいいませんが、薄い・弱いということです。確かに、世評や進学雑誌ではLYCEE(リセ・高校)をBACの合格率からA、B、C、Dにランク付けをしていますが、AとBの差は微差です。五十歩百歩です。そもそもBACの合格率が長男の時期は75-80%、次男の時期は80-85%(現在は90%前後)です。
BACの仕組みは複雑ですが、必修科目、選択科目、任意選択科目の平均点(傾斜配点です)が20点満点の半分10点以上で合格。ランクAのLYCEE A校のA君の平均得点12/20、ランクBのLYCEE B校のB君の平均得点15/20。 どちらが好成績かは言を俟ちません。
BACという一律テストによって、ランクA、Bの学校格差は消えてしまいます。BACの公平性ということでしょう。

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在仏日本人会事務局に勤務していた時期にフランス人大学生から履歴書( CURRICULUM  VITAE/ 略称CV )を受け取ることが多々ありました。日本語・日本文化、日本の経済などを専攻する学生からの研修(STAGE)の申し込みです。貴局に研修ポストがなければ、貴会傘下の日系企業 ( 余談 1 )にご紹介いただけまいか、という依頼です。あたりまえのことですが、必ずCVが同封されています。
それに目を通すと、LYCEE名が記されていません。日本のように「XXXX年X月 A高校卒業」がありません。その代わりに、 ****年 BAC SERIE S(L, ES) と記されています。XXXX年にバカロレアのSを取得したということです。SはSCIENCE理数系です。LはLETTRE文系、ESがECONOMIQUE SOCIAL経済社会系。 どこのLYCEEを卒業したか、どこのLYCEEでBACを取得したかは全く意味がありません。文系、理数系、経済社会系、技術系、、など、どのSERIE(専攻コース)の
バカロレアを取得したかだけです。在学していたLYCEE名が問われない、問う意味がない。
BACの匿名性ということでしょう。

( 余談 1 ) 本来は「在仏日本商工会議所」が「紹介の労」の窓口でしょうが、在仏日本人会も日系企業約250社が法人会員として会員登録していることから、「研修(STAGE)先の紹介の労」の依頼が時折迷い込むのでした。1980年代―1990年代初頭のほぼ10年間は在仏日本社会にとってもバブル期。「日本人はお金持ち」「日本の会社はお金が余っているハズ」でした。「南仏の別荘を日本人に買ってもらいたい」「お城を日系企業に売りたい」。不動産売買の情報が飛び交っていました。
星付き有名レストランAの「営業権(FONDS DE COMMERCE)売ります」では、オーナーシェフの夫婦
ゲンカにまきこまれ(そうになっ)た一幕もありました。
代理人の不動産屋Bさんが訪ねてきて「レストランAのFONDS DE COMMERCE(営業権)を日本人に売りたい」のプロポーズを受けました。日本人会会報のPETITE ANNONCE(プティタノンス)欄に「売り・レストランAの営業権」を掲載したのです。店側に問い合わせが殺到したのでしょう、レストランAのPATRONNE(女性店主)から電話が入りました。えらい剣幕でした。
「一体誰に依頼されて売り広告を出したのですか。不動産屋のBでしょう。あのB野郎、ウチの亭主をダマくらかして、、。ウチの亭主もだらしがなさ過ぎます。ちょっと体調を崩したくらいで弱気になっちゃって。 店は売りません。絶対に売りません。広告をすぐ外しなさい。外さないとあなたを訴えますよ」
ウチの亭主というのは、レストランAのオーナー・シェフAさんです。フランス料理には門外漢の僕でも知っている名前でした。おそらく「売る、売らない」の壮絶な夫婦喧嘩になったことでしょう。

****

このBACの公平性、匿名性を大きく揺るがした事件がありました。2004年末から2005年春にかけてのことです( 注3 )。
時の教育相は、2017年の大統領選第1回目の投票で一敗地にまみれたフランソワ・フィヨン(FRANCOIS FILLON)さん(余談 2)。 フィヨンさんのBAC改革法案は、大筋でこういうものでした。
現行のBAC試験科目10-12教科を5-6教科に半減し、在籍しているLYCEEでの日頃の学習態度や学内試験での成績も加味して合否を判定しようというものでした。内申点の導入です。
その狙いは「日頃の堅実な学習が大切」「試験科目数の半減によって、受験生(高校三年生)の「BAC一律一斉試験の負担軽減」。そして「負担軽減」による「BAC合格率のアップ」ということです。
BAC実施費用の軽減もあります。この時期の受験者総数は63万4000人(2017年度は71万8000人)。4万人強の監視教員を動員し、採点教官は13万人、必要コピーは400万枚といいます。試験科目数を半減すれば人件費の削減も期待できる。こんなフィニョンさんの改革法案でした。
この改革法案に高校生たち(LYCEEN/リセアン) から強烈なクレームがついたのでした。内申点を導入すればBACの匿名性が壊れる。LYCEEの多くはは自校のBAC合格率を高めたいので内申点を甘く」するであろう。このことはLYCEE「A」で取得したBAC, LYCEE「 B」で取得したBAC、LYCEE 「C」で取得したBAC、、、、になろう。一流校BAC、二流校BAC 三流校BACの格差を生むことになり、BACの公平性、匿名性を損なう。
反対のデモはパリ、マルセイユを中心にフランス全土に広がり、最高動員は10万人に及んだ、とされています。フィヨン教育相は改革案を引っ込めて2005年5月31日付けで教育相のポストを降りました。


( 注3 )次男坊のBACは2002年に終わっていたので、父親としては、正直なところ、高見の見物でしたが、反対運動の動きは興味深く追っていました。反対運動の主導は高校生組合です。FIDL(FEDERATION INDEPENDANTE et DEMOCRATIQUE LYCEENNE/民主独立高校生連合)とかUNL(UNION NATIONALE LYCEENNE/全国高校生同盟)とかの組織名も初めて知りました。FIDLが社会党左派系、UNLが中道系であるとかもついでに知りました。

( 余談 2 )フランソワ・フィヨン(FRANCOIS FILLON)さんの大統領選での落選は、ペネロプ(PENELOPE)夫人(と子どもたち)への議員助手手当という架空給与がCANARD ENCHAINE紙(キャナール・アンシェネ=鎖につながれたアヒル)にスッパ抜かれたことでした。夫人の名前がペネロプ(PENELOPE)であることも皮肉でした。いうまでもなく、ペネロプ(PENELOPE)は、ホメロスの叙事詩「オデッセイ」の主人公オデッセイの妻です。トロイ戦役に出た夫の留守を守り、その帰還を待つ「貞淑な妻」です。ペネロプ(PENELOPE)は「貞淑な妻」の代名詞です。
在仏日本人会に勤務していた現役期に日本の外務省筋から頼まれたことがあります。
フランスの退役外交官の夫人たちが中心になって活動しているASSOCIATION PENELOPE(ペネロプ協会)という組織がある。手造りの小物、細工物をバザーなどで販売して、その売り上げを各種の慈善団体、救済組織に寄付している。このASSOCIATION PENELOPE(ペネロプ協会)の活動を在仏日本人会として応援してくれまいか、の依頼でした。
退役外交官の夫人たちが、このASSOCIATIONにペネロプ(PENELOPE)の名前を冠したことに妙味ある命名だなと思ったものでした。
さて、フィヨン・ペネロプさんです。日本へ一時帰国した折りのことです。とある場所でペネロプさんの手紙を見たことがあるのです。フランソワ・フィヨンさんは、2007年5月-2012年5月までの5年間、首相(PREMIER MINISTRE)を勤めていますが、その間に3回、日本を訪問しています。夫人同伴ですから、その際のことでしょう。
ところで、僕には鎌倉に住んでいる兄がいて、一時帰国の際には兄宅に転がり込んでいます。兄は行きつけの天麩羅屋に、ほぼ毎回、招待してくれるのでした。ある回のこと。廊下を通ってトイレに向かうと、その廊下の壁に手紙が貼ってあります。何んだろうと顔を寄せて目を凝らと、それはフランス語で書かれた手紙でした。大いに関心をもって、その手紙の主を確認するとペネロプ・フィヨンとあります。
「美味しい天麩羅をありがとうございました。大いに堪能しました」の礼状でした。
店主に質しますと「フィヨン夫人がフランス大使館の方々と見えたのです。その後、しばらくして、礼状をいただいたので、ああして貼っています」。時を経て2017年春、大統領選中に、架空給与スキャンダルでペネロペさんの顔がTVに映し出される度に、鎌倉の天麩羅屋に貼られていた手紙を思い出したものです。

****

子どもの進路、進学情報に関わって、覚えたことがいくつかあります。その一つがコンクール(CONCOURS)です( 余談 3).。コンクールは英語ではなくフランス語なのでした。 定員、定席数を競うのがコンクール(CONCOURS).。BACはコンクール方式ではないということです。
前述したように20点満点の10点以上が合格です。これはコンクールではなく、EXAMEN(試験)です。
フランスの大学入学も同様にコンクール方式ではない、といえます。
それでは、フランスの高等教育(L‘ENSEIGNEMENT SUPERIEUR)にコンクールはないのか。
あります。
その二つ、GRANDES ECOLES(グランゼコール)です。コンクールを経てGRANDES ECOLES(通常、3年制)を卒業したらどういうことになるのか。
その三つ。INGENIEUR(アンジェ二ユール)というDIPLOME(ディプロム・資格)が与えられます。INGENIEUR(アンジェ二ユール)はエンジニア(ENGENEER)を想起させますが、日本での「あの人はエンジニアで、技術畑を長く歩いてきた人」とはいささか趣きを異にしています。

INGENIEUR(アンジェ二ユール)は、高等教育・研究省(MINISTÈRE DE L’ÉDUCATION NATIONALE, DE L’ENSEIGNEMENT    SUPÉRIEUR ET DE LA RECHERCHE が認定したECOLE D’INGENIEUR(技術系グランゼコール/3年制)が発行できるDIPLOME(ディプロム・資格)です。

Arrêté du 26 janvier 2017 fixant la liste des écoles accréditées à délivrer un titre d’ingénieur diplômé
INGENIEUR(アンジェ二ユール)のDIPLOME(ディプロム・資格)を発行できる学校リストがJOURNAL OFFICIEL(政府公報、官報)に発表されます。最近では2017年1月26日省令で発表されています。
上記のフランス文がその省令です。

INGEENIEUR(アンジェ二ユール)と同ジャンルの称号としてTECHNICIEN(テク二シャン)があることも教えられました。INGENIEUR(アンジェ二ユール)もTECHNICIEN(テク二シャン)も日本語にすれば技師、技術者です。しかし、INGENIEUR(アンジェ二ユール)のDIPLOME(ディプロム・資格)を取得するにはかなり険しい道を歩かされます。
まず、BAC取得後に通称PREPA(プレパ)、正確にはCPGE(CLASSE PREPARATOIRE AUX GRANDES ECOLE)で2年間、悪戦苦闘することになります。日々、筆記試験、口頭試問の訓練に追われ、徹底的に絞られます。
次いで、ECOLE D’INGENIEUR(技術系グランゼコール)の熾烈なコンクールに挑戦して勝ち抜かねばなりません。
フランスには確実に受験戦争があるということです。
このあたりの実情を追々記していきましょう。僕は父親であって受験戦士自身ではありません。
フランスにおける受験戦争観戦記といった趣きになりましょう。

(余談 3)コンクールといえば、日本国内では児童絵画コンクール、書道コンクール、コーラス・コンクール、、、などが印象に残っています。国際コンクールでは、ショパン国際ピアノコンクール、チャイコフスキー国際コンクール、ロン・ティボー国際コンクール、エリザベート国際音楽コンクールなど。いずれも音楽系のコンクールで、誰もが知っている耳慣れたコンクールですね。最近では、ローザンヌ国際バレエ・コンクール。但し、正式名称はLe Prix de Lausanneとあります。いずれも日本勢が敢闘しています。
これらが耳慣れたコンクールですが、
例えば2017年9月16日付JOURNAL OFFICIEL(政府公報・官報)の内務省令にこうあります。

Arrêté du 30 août 2017 portant ouverture des concours externe, interne et du troisième concours d'assistant territorial d'enseignement artistique principal de 2e classe, spécialité « musique », discipline « guitare » (session 2018), par le centre de gestion de la fonction publique territoriale de la Savoie
サヴォワ県庁での音楽指導員(ギター)の採用のようです。ouverture des concours(コンクールの開始)とありなす。

例えば2017年9月20日付JOURNAL OFFICIEL(政府公報・官報)の内務省令にこうあります。
Arrêté du 8 septembre 2017 autorisant au titre de l'année 2018 l'ouverture d'un examen professionnel d'accès au grade de contrôleur de classe supérieure des services techniques du ministère de l'intérieur
こちらは、昇級、昇格試験のようでouverture d'un examen(試験の開始)です。

CONCOURSとEXAMENの違い、これも子育てで学んだフランス語でした。

2017年10月04日    記     岡本宏嗣
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