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「印紙taxe sur le titre de séjour et du droit de timbre」について追加質問です。

追加質問.
ご回答、ご報告ありがとうございます。 もう一つ質問させて頂きます。去年まではパリでの更新だったので、印紙の金額はレセピセ時に指示されました。今年は引っ越しをしたので、91県での更新(vie privée et familiale) です。
印紙の金額が書かれてないのですが、金額は統一されているものなのでしょうか? パリでは、毎年同じ金額ではなかった記憶があります。

お答え・見立て。「taxe sur le titre de séjour et du droit de timbre」の入力で、サイトに一覧表が出てきましょう。滞在許可証発行料(税)は、一律同じです。居住県による差はありません。初回発行・更新カード発行・記載内容の変更・紛失再発行、、、などのケース別です。また、滞在許可証の種別によっても異なります。サイトで確認してください。

2016年8月30日  滞在相談室  担当  岡本宏嗣
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体験報告です。2016年8月29日付ブログ「滞在許可の更新書類についてです」に取り上げられているtaxe sur le titre de séjour et du droit de timbreについての報告です。

報告。92県在住ですが、昨年から申請時にこれを要求されるようになりました。以前はありませんでした。
必要な額の収入印紙を購入する際に、factureもしくはJustificatifを頼むと貰えますので (カードで支払う場合、カード名義人が書類の宛名になるのが注意、また何も言わないと貰えません)、それをコピーして提出します。 申請時に既に収入印紙の購入を義務付ける、お役所事情と言ったところでしょうか。

報告ありがとうございます。Aさん報告文面によりますと、92県では、カードの引き取り時ではなく更新申請時に要求されているとあります。以前にはなかった、ともあります。

折りに触れて繰り返していることですが、滞在許可証の発行・更新は居住県のPREFECTURE(県庁)の管轄・権限です。
全県庁一律に同じではありません。微妙に違います。大胆に違うこともあります。県庁はフランス本土に95県庁あります。

Aさんは92県在住とありますが、私(相談室の岡本です)も92県在住で、滞在許可証の窓口はNANTERR本庁扱いです。
92県にはNANTERRE本庁以外にANTONY,とBOULOGNE-BILLANCOURT に県支庁(SOUS-PREFECTURE)があります。
私はパリ75から92県に引越しました。窓口は、上述のようにNANTERR本庁です。
2014年には住所変更届出をしました。カード引き取り時に19ユーロの印紙=TIMBRE FISCALを購入しました。
翌年2015年12月には滞在許可証(10年カード)が満期になり、更新手続きをしました。3か月のRECEPISSE(仮滞在許可票)を経て翌年2016年3月に更新カードが出てきました。260ユーロの印紙=TIMBRE FISCALを購入しました。いずれも引き取り時に階上の会計CAISSEで購入しました。今年の3月のことです。
以上のことから、いくつかのことがいえましょう。
(1)2016年3月以降、そのように変ったのかもしれません。
(2)私がCARTE DE RESIDENTを所持してるので「引き取り時」でよかったのかも知れません。
(3)もう一つは、県本庁と県支庁の違いです。同一県でも本庁と支庁では違うことが大いにあり得るということです。

ここでは、TIMBRE FISCALの購入が「更新申請時」か「更新カード引き取り時」かを取り上げていますが、その他のことにも対応の違いが出てきましょう。その典型例は「学生からPLへの滞在身分の変更」かも知れません。以下を加えておきます。
(4)同一県(支)庁内でも職員によって対応が異なることが大いにあり得ましょう。

滞在許可証は「生きもの」ということです。

2016年8月29日  滞在相談室  担当  岡本宏嗣

滞在許可の更新書類について質問です。

質問。リストの中に
Justificatif d’acquittement de la taxe sur le titre de séjour et du droit de timbre à remettre au moment de la remise du titre. とあるのですが、よく意味が分かりません。これは何のことなのでしょうか。

お答え。
「taxe sur le titre de séjour et du droit de timbre」は、滞在許可発行料金(発行税)です。具体的には印紙(TIMBRE FISCAL)の購入です。
更新カードを引き取る際に、「会計窓口(CAISSE)でOOユーロの印紙(TIMBRE FISCAL)を買ってきなさい」となりましょう。「あいにく現金が小銭しかない、CHEQUE 、カードも持ってきていない、後日に出直します」は不都合です。3か月後になってしまうかもしれません。
印紙(TIMBRE FISCAL)は、PREFECTURE内の会計窓口(CAISSE)で購入するのが通常ですが、市中のTABAC、税務局でも購入できます(ネット送金も可能なのかどうかは知りません)。「滞在許可発行料金(発行税)=印紙は、滞在許可証の種別によって様々です。(事前購入の場合は)ご注意あれ」も付記されていませんか。そういうケースも含めた全般的注意書きになっています。
PREFECTURE内の会計窓口(CAISSE)で購入するのであれば、「支払いの用意」だけでしょう。

2016年8月29日  滞在相談室  岡本宏嗣

家族呼び寄せ (REGROUPEMENT FAMILIAL)が中止になる可能性があるのでしょうか。

質問。家族呼び寄せ (REGROUPEMENT FAMILIAL)を計画中のものです。最近、フランス人の知人から
近い将来、この制度が無くなるかもしれない、といわれました。根拠のある情報なのでしょうか。
また、廃止の方向になった場合、申請が却下されるケースが多くなるのでしょうか。

お答え・見立て。
家族呼び寄せ (REGROUPEMENT FAMILIAL/RFと略記)については、このブログでも再三触れていますので、
説明は省きます。フランス国籍者との婚姻、PACS締結などETAT-CIVIL(身分事項)の変更に拠らないで、
滞在許可証VIE PRIVEEETFAMILIALが発行される確実な方法、としておくにとどめます。
根拠があるのか、です。これは推測です。2017年の大統領選で復帰を目指すサルコジーさんが、立候
補を表明し、「TOUT POUR LA FRANCE」という本を出しました。大統領選挙に向けての「私の政見、私の政
策」です。読んでいませんが、内容の概略は新聞、TVなどで報道されていますので、大枠は掴めます。
この本の中で、移民流入減らし、外国人減らしの一方策として「RF制度の中止」を謳っているようです。
これが、飛び交っているのではないでしょうか。あくまで推測ですが。

大統領選挙の予備選挙はこれからです。サルコジーさんが所属政党LES REPUBLICAINSの代表候補になるか
どうかも、今一つ不透明です。強力なライバル、アラン・ジュぺ(元首相、ボルドー市長)さんもいます。
仮にサルコさんが選ばれて、本選でもGAUCHE(左派)候補に勝って大統領に復帰したとしても、物事がポ
ンポンと運ぶものでもないでしょう。当然、その他の移民削減策と合わせた総合法案の提出になるでしょう。
時間のかかることです。
文面にあるように「廃止の方向になった」場合、審査が厳しくなることがないとはいえません。
RF手続きは時間がかかります。最短で6か月、平均8か月は要しています。無風状態の今のうちに、
の動き=申請ラッシが出てくるかもしれません。出て来ないかもしれません。

2016年8月27日  滞在相談室  担当  岡本宏嗣

「それでは、ワーキングホリデーで渡仏を検討いたします。」の方へ連絡します。

連絡。「それでは、ワーキングホリデーで渡仏を検討いたします。」の方は、okamoto@nihonjinkai.frへ個人メールをください。個人間メールでお答えしましょう。


2016年8月25日  滞在相談室  岡本宏嗣

連絡です。「コンペタンスエタラン ・ パスポートタラン」のタイトルでコメントを送られた方へ。

「コンペタンスエタラン ・ パスポートタラン」の標題でコメントを送られた方へ連絡します。報告文面に「数日後に(メールで)返事が来て、パスポートタランについてはまだ教えられる情報は ないので、コンペタンスの申請準備をしてビザが切れる2か月前までに提出しに来なさい(予約不要)という内容でした」とあります。そのメールをokamoto@nihonjinkai.frに転送いただけますか。よろしく、お待ちします。それを拝見した上で、個人間メールでお答えしましょう。

2016年8月25日  滞在相談室  岡本宏嗣

2016年8月19日付け「コンペタンス・エ・タラン(C&T)とパスポート・タラン(PT)について.」への報告です。

報告。ご回答ありがとうございました。
発行される滞在許可証により、10年カードへたどり着く年数に差が生じますので、たいへん気になり、質問させていただきました。
申請書類の確認と情報収集のため、先週金曜日にパリ警察へ行って来ました。一担当者によれば、「パスポート・タランは11月以降のものなので、あなたはコンペタンス・エ・タラン」とのことでした。10月10日までに申請をしなければなりませんので、恐らくそういうことになるのでしょう。カードを手に するまでは、どうなるかは分かりませんが。念のため、申請はギリギリまで遅らせることにします。 お礼かたがたご報告申し上げます。

報告にお礼。窓口での確認の報告ありがとうございました。
パスポート・タランが2016年11月1日までには出るとされている政令(DECRET。実施要項です)に先立って既に動いているわけではないことは確認されました。文面にあるように「あなたはコンペタンス・エ・タラン」と見てよいかもしれません。最短で適用されるとすれば、まず3か月のRECEPISSE(レセピセ、仮滞在許可票)が出て、3か月後に新カード「パスポート・タラン」が出る、ですが、その可能性はどうでしょうか。法の変り目で新・旧両カードが同時に並行することは過去にもありました。                 
今後の展開の報告、引き続き、よろしくお願いいたします。

2016年8月23日 滞在相談室   岡本宏嗣

学生ビザが切れてからの更新、更新後、パリから引っ越す場合について。

質問。パリでの学生ビザの更新のためpréfectureでとれたRDVの日付が、ビザの有効期限より3週間後になってしまいました。大丈夫でしょうか?
またパリの学校に登録してビザを更新し、そのビザの有効期間中にパリ以外へ拠点を移す(アパートを借り、学生ビザで許可されている時間数内の労働契約を結んで働く)ことは可能でしょうか?

お答え・見立て。                                                          

(1)滞在許可期限3週間後とあります。3週間後はむしろ早い方ではありませんか。パリでは一般的なことのようです。CONVOCATIONを一緒に携えておきましょう。

(2)「パリ以外へ拠点を移す(アパートを借りる)とあります。パリ郊外のA県に引っ越すということでしょうか。そうであれば、A県の県庁(PREFECTURE)あるいはSOUS_PREFECTURE(県支庁)の規定に従って住所変更手続きをします。学生滞在であることに変りはないので、年間964時間上限で労働できましょう。

2016年8月21日  滞在相談室  担当  岡本宏嗣

報告。VISITEUR滞在許可証申請での必要書類について報告します。

報告です。昨年ビジタービザを取得して渡仏し、今年VLS/TSからTitre de séjourの切り替え(滞在許可証の更新)に行ってきましたが、初年度のOFIIでの健康診断の証明書(certificat de controle medical)が必要だと言われました。インターネットでのRDV取得時にダウンロードできる必要書類リスト(Piéces à fournir)には載っていませんでしたが、必須だそうです。
それから銀行口座についても、こちらで引き出せる日本の銀行口座ではなく、フランスの銀行口座を開きSMIC1年分を転送しないとダメ(obligatoire)だそうです。以上報告でした。

報告へお礼、そして補足。                                                        
報告ありがとうございます。VISITEUR滞在者には大いに参考になりましょう。パリですね。滞在許可証は居住県の県庁PREFECTURE(パリは PREFECTURE DE POLICE)扱いで、全県庁一律ではなく微妙に異なるので、確認します。さて、この報告で留意すべき点があります。                                              

(1)「インターネットでのRDV取得時にダウンロードできる必要書類リスト(Piéces à fournir)には載っていません」です。「ネットでの必要書類リスト」と「窓口で配布(郵送含む)しているリスト」に不一致が時折りあります。最近の事例です。パリです。CHANGEMENT DE  STATUT D’ETUDIAMT A SALARIE(学生からサラリエへの身分変更)手続き書類リスト(PIECES A FOIURNIR)です。ネットでのリスト、窓口で配布しているリストは全く同じではありません。微妙に違っています。

(2)銀行口座についても「こちらで引き出せる日本の銀行口座ではなく、フランスの銀行口座を開きSMIC1年分を転送しないとダメ(obligatoire)とダメ」です。これはトラぶった例があります。「フランスの銀行口座」①の残高がやや手薄だったので、「日本の銀行口座」②からOOOユーロを現金で引き出して、①に入金して残高を厚くしたのでした。これは、RELEVE DE COMPTE(口座の入出金月報)上、現地入金(国外からの送入金ではなく)が一目瞭然になります。このOOOユーロの現地入金は何ですか、説明しなさい、になりましたが、当人には、何が問題なのか、何を指摘されているのか分かりません。「審査担当者が紙にこんなことを書いてくれたのですが、読み取れなくて」と紙を見せてくれたので、事情が読めました。そのOOOユーロの現地入金がALLOCATION DE LOGEMENT[住宅手当]の受給ではないことの証明書をCAFから取り付けて提出しないさい、ということでした。不足額の補足入金ですから、「日本の銀行口座」からOOOユーロを現金で引き出したのです」と証書を見せればトラブルにはならなかったでしょう。 何が問題なのか、何を指摘されているのかが分からなかったから発生したトラブルですね。もちろん、変則的なことは避けた方が無難であることはいうまでもありません。

以上、報告に重ねて感謝し、2点、補足しました。

2016年8月20日 滞在相談室  岡本宏嗣

コンペタンス・エ・タラン(C&T)とパスポート・タラン(PT)について.

質問。以前、博士課程に初めて登録した際に、ご相談させていただいた者です。
博士論文は未だ発表していませんが、この度コンペタンス・エ・タランのビザを在日フランス大使館にて取得し(アート・研究プロジェクト)、8月 10日にパリへ戻りました。情報によれば、この秋にコンペタンス・エ・タランはパスポート・タランへ切り替わるとのことで、パリ警察での滞在許可証の申請 をどのタイミングでするべきか検討しています。 これら二つの滞在許可証の違い(CAFの住宅手当が出るか等の詳細)を比較したいのですが、どこかで確認できるのでしょうか。サイト上に情報があるのか、パリ警察で確認するべきか、もしくは秋にならなければ分からないのか・・)

お答え・見立て。COMPETENCES ET TALENTS(C&T)のVISAを取得してきたのですから、法改定など関係なく、C&T滞在許可の手続きをすればよいのではないですか。法改定でどうなるかは、C&T滞在許可証担当窓口側の事情であって、質問者Aさんが、法改定を先取りして、「どのタイミングで」などと、あれこれ気を回すことではないでしょう。新設のPASSEPORT TALENTS(PTは、4年ものですから、法改定が適用になったとしてもマイナスはないと見ます。C&Tの最終ランナー扱いになるのか、PTのトップ・ランナー扱いになるのか、それはPREFECTURE側が決めることでしょう。少なくとも「あなたが取得して来たC&T VISAは法改定で無効になりました。滞在伽可証は出せません」だけはないでしょう。
文面に「サイト上に情報があるのか」「パリ警察で確認するべきか」もしくは「秋にならなければ分からないのか・・)とあります。
「DECRET(政令)が出ていないので詳細はわからない」 ではないでしょうか。
11月1日までにはDECRET(政令)を出す、とされていますが、そうしたスケジュールとは関係なく、動くということでしょう。
動いて見て「今のところ法改定は、窓口現場には反映されいない」とか「改定含みの処理になりそうだ」の感触がわjかるのでは
ないでしょうか。 教えていただきたいのは、こちらの方です。、

2016年8月19日  滞在相談室  担当  岡本宏嗣

パリ在住です。10年カード申請のための書類を準備中ですが、分からない点がいくつあるので、質問させていただきます。

パリ在住です。10年カード申請のための書類を準備中ですが、分からない点がいくつあるので、質問させていただきます。
質問。                                                               
(1)過去5年のCARTE DE SEJOURのコピーが揃っていません。問題とされるのでしょうか。            

(2)SECU加入歴が5年ありません。却下理由とされるのでしょうか。                          

(3)フランス語力を審査された過去の例がありますか。その場合、どの程度のレヴェルであればよいか、情報があれば教えてください。                                

 (4)義務教育年齢の子どもが一人いますが、片親家庭です。10年カード取得にマイナス要因でしょうか。

以上、よろしく、お願いいたします。

お答え・見立て。
(1)5年目のカードは、現在消化中なので、実質的には過去4年です。滞在許可証は、期限切れのものを返却して、新規の更新カードを受け取る方式ですから、事前にコピーしておかないと手元に残りません。当室相談者に限ります。さらに相談内容が「10年カードの申請・取得」ケースに限ります。過去4年間分、耳を揃えてコピーを保管していたケースに記憶がありません。あるものしか出せません。ないものは出せません。にもかかわらず、皆さんパスしています。却下されたケースでは、「過去4年便のコピーがそろっていなかった」が却下理由ではなく、別の理由です。もちろん、出せるに越したことはありませんが。

(2)加入歴を問われた例を知りません。極近のATTESTATION DE DROITS A L’ASSURANCE MALADIEとCARTE VITALEの
コピー提出でパスしています。

(3)CESEDA(外国人滞在管法L314-2にある規定です。パリでこの規定が適用された事例は知りません。パリ近郊県ではあります。PREFECTURE(県庁)から居住地区のMAIRIE(市役所)に連絡が行き、MAIRIEから呼び出しがありました。フランス語力のチェックはペーパーテストではなく、フランス滞在生活はどうか、楽しく生活しているか、不都合はないか、といった雑問雑答。
その人の社会的常識と生活態度を通してフラン語力もチェックする、というオモムキでした、の報告です。
同規定には「MAIRIEに人物調査を依頼して2か月経過してMAIRIEから報告がなかった場合は、「特別に問題はない外国人と見做す」があります。また「フランス語力のチェックも含め、人物調査を依頼することがある」であって、「任意」とみてよいでしょう。
外国人の多いパリでは「省略」となることが多いのではないでしょうか。
なお、上述のパリ近郊県の実例では「面談は30分程度。フランス語力は十分とはいえませんが、まあ、問題はない、とPREFECTUREには報告しておきましょう、といわれました」の報告でした。

(4)まずないでしょう。義務教育の年齢児を持っていることはフランスに長期滞在を必要とする積極的な理由のひとつでしょう。また、母子(父子)家庭であることは問題とならないでしょう。「子どもにフランスでの教育を与え続けていきたい。ついては長期滞在となるので、10年カードをください」では、過去にこういう却下例がありました。
父親、母親、義務教育年齢の子ども一人の家庭で、父親が10年カードを申請したケースでした。
実は、この家庭にはもう一人の年長の子どもがいて、その子どもは受験年齢になったので日本の実家に帰していたのですね。
この半身の構えを突かれて却下となったのでした。

2016年8月11日  相談室  担当  岡本宏嗣

「フランス/パリ滞在質問箱」に時折割り込んで掲載(第7回)  私書函版「フランス/パリ・子育て雑記」(第7回)

「フランス/パリ滞在質問箱」に時折割り込んで掲載(第7回) 
私書函版「フランス/パリ・子育て雑記」(第7回)

前回(第6回)は「2016年の現在もJ.Oに目を通すことが毎日の日課です。」で終えました。J.Oは日刊紙JOURNAL OFFICIEL(政府公報)です。毎日の日課といっても、実際には「2日分、3日分まとめて目を通す」はあります。2日分、3日分はまだよい方で、旅行や日本への一時帰国があると、2週間分、3週間分が溜まってしまい、読み切れずにゴミ箱行きになることもしばしばです。面白くも可笑しくもない休刊日なし、7JOURS(DAYS) /7の日刊紙で、す。
                             *
さて、ヴァカンスに入った2016年7月29日付けJ.O紙面のトップにこうあります。
1。 LOI n° 2016-1032 du 28 juillet 2016 autorisant la ratification de la convention de Minamata sur le mercure
「水銀に関する水俣条約を批准する2016年7月28日付け法

2。LOI n° 2016-1033 du 28 juillet 2016 autorisant l'approbation de l'accord entre le Gouvernement de la République française et le Gouvernement du Japon relatif au transfert d'équipements et de technologies de defense                  
「防衛装備品及び技術の移転に関するフランス共和国政府と日本国政府の間の協定を承認する2016年7月28日付け法」

1。は2013年10月10日、熊本で署名した同条約の批准。92か国が署名した国際条約とあります。       
2。は2015年3月13日、東京で署名した仏日協定の承認。
水俣条約の内容(5文書から成る)、「仏日防衛装備品・技術移転協定」文は追って掲載する、とされています。
ここでこの二つをウンヌンする知見、識見は持っていません。思い出したのは数年前に日本語を指導したA君(日仏家庭児)のことです。A君はBREST(ブルターニュ地方のブレスト市)にあるECOLE D‘INGENIEUR(エコール・ダンジェニユール(注1)を卒業してフランス国防省に技術職(INGENIEUR)のポストを得ました。そのA君が「最近、日本で法律が変って、それからXXXXXもあって、フランスの国防省から、かなりの人が日本へ行っています」というのです。A君の日本語を補足しますと、「法律が変って」は2015年7月に成立した安保関連法案でしょう。そして、聞き取れなかったXXXXX部分が、同法案成立に先立つ3月13日、ファビウス(当時)外相(LAURENT FABIUS)、 ル・ドリアン国防相(JEAN  YVES LE DORIAN)が東京で署名した日仏協定のことでしょう。

(注1)GRANDES ECOLES(グラン・ゼコール)と総称される学校群は、大別してECOLE D”INGENIEUR(エコール・ダンジェニユール=技術系)とECOLE DE COMMERCE(エコール・ド・コメルス=商業系)に大別されています。A君は在BRESTの     ECOLE  D‘INGENIEUR(エコール・ダンジェニユール=技術系)を卒業したのでした。GRANDES ECOLES(グラン・ゼコール)については、いずれ触れたいとと思っています。また、A君がBRESTの ECOLE  D’INGENIEUR(エコール・ダンジェニユール=技術系)にたどり着いた道筋にも興味深いものがあり、合わせて触れたいですね。
                             *
さて、1974年夏に戻ります。家内の滞在許可証ではPREFECTURE DE POLICE(パリ警視庁)に1回、労働許可証ではDDTE-MOE(県・雇用・労働局―外国人労働管理課)に2回呼び出されています。この時の体験が、その後40年余、今でも担当している「滞在相談室」の出発点になったことは先章で触れました。さらに、この時の「ちょっとした体験」が、その後の外国人滞在管理情報や状況把握につながっていたりします。例えば、PREFECTURE DE POLICE(パリ警視庁)では、こんな「ちょっとした体験」があって、それが今でも尾を引いています。                                                     
                                *
家内宛てに「滞在許可証を出すので出頭されたし」の通知(CONVOCATION)を受けて、当日当刻にPREFECTURE DE POLICE(パリ警視庁)に行きました。ヴァカンス期の7月中旬のことです。地上階の窓口は長蛇の列でした。  それを尻目にしながら階上の控室で待機することになりました。長蛇の列を尻目に、は後にも先にもこの時だけです。今でこそネットで予約が取れたり、窓口で整理券が出たりしていますが、当時はとにかく早朝から並ぶ、これしかありませんでした。今でもPREFECTURE(注2)によっては、「整理券を確実に手にするためには早朝5時から」並ぶ」があるといいます。そのため、並び屋さんという商売が出ているそうです。

(注2)PREFECTURE(プレフェクチュール)は、国の出先機関で各県にあります。僕が担当している「滞在相談」では「県庁」の訳語を使っています。フランス本土は95県、95県庁あることになります。外国人の滞在許可、労働許可は居住県の県庁が管轄です。また、95県庁のうち、PREFECTURE DE POLICE(プレフェクチュール・ド・ポリス)は、パリ、マルセイユ (2014年から)だけです。

それは、さておき、控室には僕たち家族―僕、家内、生後4か月の長男―以外に先客として二つのグループが占めていました。一つのグループはヴェトナム人の青年グループのようで。僕よりやや若い20代後半と見ました。 もう一つのグループは中年のおじさんたちでした。どこの国の人たちだろう、と眺めていると、その一人がフランス語で声をかけてきました。僕が赤ん坊を抱いているので関心をもったのでしょう。難民家族(REFUGIE)と思ったのかも知れません。
「僕たちはポーランドから来たのですが、あなた方はどこの国ですか」
「JAPONです。JAPONAISです」
JAPONに何のイメージも湧かなかったのでしょう、「JAPONね」とつぶやいて、そそくさと自席に戻っていきました。「ポーランドの方々がどうしてここにいるのですか」と訊ねたかったのですが、質問のタイミングが取れなくて会話は終わってしまいました。
ポーランドについて知っていることは極めて少なかったのですが、前衛的文化・芸術の国として関心は持っていました。それは、ひとえにポーランド映画の影響です。アンジェ・ワイダ監督の「灰とダイヤモンド」「地下水道」、イエジー・カヴァレロヴィッチ監督の「夜行列車」「尼僧ヨアンナ」は、学生時代には必見の映画でした。同じポーランドでもロマン・ポランスキー監督の作品は「やや底が浅い」が学生界での通り相場でした。ポーランドにはこんな関心がありましたから、この場にポーランド人の中年おじさんたちがいることに違和感と興味をもったのでした。ほどなくして控室のドアが開いて呼び出しがかかり、おじさんたちはゾロゾロと出て行きました。その後、ヴェトナム人の青年グループもどこかに消えていき、控室は、僕たち家族だけになりました。「ちょっとした体験」はこれだけです。 
                              *                                                       
10年後、1984年です。日本人会事務局に勤めて5年が経っていました。1984年には滞在許可、労働許可関連法が大きく改定されました。関連の政令(DECRET)、省令(ARRETE)、省通達(CIRCULAIRE)が続々と出てきました。それは新規の令だったり、旧来の令をを整備、整合させた改定令だったり、でした。それらの中の一つに、
Les catégories d‘étrangers auxquells la situation de l’enmploi n’est pas opposable lors d’une demande d’autorisation de travail という令がありました。労働許可申請の際に、「雇用・労働状況と関係なく」、労働許可を下ろすケースを列挙する、という令です。
「雇用・労働状況」は、一口にいえば求人・求職のバランスです。外国人の労働許可審査は、既出のDDTE-MOE(県・雇用・労働局―外国人労働管理課。現在のDIRECCTE-MOE)の管轄ですが、申請が却下となった場合、同課からの却下通知状は決まり文句になっています。
「貴社は、外国人労働者AをB職で雇用したいとの労働許可申請であります。あいにくながら、B職種での求職者数は1523件、求人数は325件に過ぎません。こうした「雇用・労働状況」にあっては、外国人労働者Aに労働許可をおろし難く、ここに申請を却下します」

この令は「雇用・労働状況と関係なく労働許可を下ろす」です。つまり却下はない、必ず下りるケースです。11ケースが列伽されています。
11番目の「フランス国籍者と婚姻した外国人配偶者」。これは当然として、
4.カンボジア人 5.ラオス人 6 レバノン人。7.ポーランド人 8.ベトナム人、とあります。
10年前、長蛇の列とは関係なく、あの控室にポーランド人のおじさんグループがいた理由が10年後に「読めた」のでした。
                              *
1999年12月26,27,28日の3日間、TEMPETES(暴風雨)が主としてフランス、スイス、ドイツを襲いました。後日、この暴風雨は第一襲来、第二襲来があって、それぞれTEMPETES LOTHAR、TEMPETES MARTINと命名されていす。気象記録ではパリ近郊オルリー(ORLY)で最大風速169km /hとあります。単純に秒速換算すると60m/秒です。
フランス観光では人気スポットの一つ、CHATEAU DE VERSAILLES(ヴェルサイユ宮殿)です。宮殿は815ヘクタールの広大な庭園に囲まれていて、約20万本の樹木を誇っていますが、そのうちの1万本が損傷し、その8割が根こぎで倒れたといいます。1783年にマリー・アントワネットが植樹した2本のユリノキ(注3)、ナポレオン・ボナパルトゆかりのコルシカ松も含まれていた、とあります。

(注3) ユリノキ。 仏語名はTULIPIER DE VIRGINIE、モクレン科ユリノキ属の落葉高木とあります。

もっと身近なところで驚いたことがあります。当時、パリ17区に住んでいましたが、徒歩10分見当にモンソー公園(PARC DE MONCEAU)があります。公園内にすえられている石灯籠 (注4) ― 高さは約3メートル、円柱部分の胴回り約2メートル(実際に測ってみました)、重さは少なくとも7-800キロはありそうですーが芝生の上に横転しているのでした。

(注4)LANTERNE JAPONAIS ( 日本のランターン )。以下、碑文によりますと、
1986年7月にパリ―東京友好都市協定(1982年7月に発足)5周年を祝して、鈴木俊一東京都知事(当時)がジャック・シラク(JACQUES CHIRAC)パリ市長(当時)に贈ったもの。徳川10代将軍徳川家治(1786年没)を偲んだ石灯籠で、上野寛永寺にすえられていました。。
次男坊(1984年12月生)が6EME(6学年生。日本の学年制では小六に相当)の時、課外授業の宿題に「君の周辺にある珍しいものを6つ挙げなさい。スケッチを付けて。簡単な説明を付けなさい」がありました。散歩圏内にあったこの石灯籠もその一つに選んだものでした。
もう一つ。1999年当時、東京都パリ事務所がありました。「モンソー公園の石灯籠が横転していますよ」を知らせようとしたのですが止めました。園内には倒木が散乱していて、散歩道を塞いでいます。これらの片付けが優先されるべきでしょう。事実、石灯籠が立ちあがったのは、6か月後のことでした。
                       *
明けて2000年の春のある日、JOURNAL OFFICIEL(J.O)を斜め読みしていました。ある「令」に目がとまりました。その「令」の掲載号が手元にないので、記憶に頼ります。
「ポーランドのポメラニア地方からフランスに来るBUCHERON(木材職人)に特別に労働許可を発給する」というものでした。フランスのリムザン(LIMOUSIN)地方(最大都市はLIMOGES/リモージュ)の某森林の被害がひどく、現地の労働力では不足なので、ポーランドのBUCHERON(木材職人)30名の臨時滞在・労働を認めるという令でした。その30名の援軍は既にリムザン(LIMOUSIN)に来てしまっていて「事後追認令」だったかもしれません。

これには事情のあることです。前段で「雇用・労働状況と関係なく労働許可を下ろす」ケースにポーランド人が含まれていたことを記しました。ところが、1987年もしくは1991年にポーランド人だけが削除されたのでした。    なぜ削除となったのかは知りません。労働力の流出が激しいのでポーランド側からフランス側に申し入れたのかも知れません。「連帯」運動から立ち上がったワレサ大統領期(1990-1995年)の労働政策と関係していたのかも知れません。いずれにしても、ポーランド人が「雇用・労働状況と関係なく労働許可を下ろす」リストから外れたので、現地リムザン (LIMOUSIN)のDDTE-MOE(県・雇用労働局―外国人労働課)では30人余の外国人労働力の導入に対応できなくて、管轄の内務省が直接関与する本省令になった、と読んだのでした。
ポーランドがEUに加盟し、EU加盟国内での滞在・労働の自由を得たのは、2004年以降のことです。
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BREXIT(英国のEU脱退)の背景には、EU圏内での滞在・労働の自由化で増加する移民への排斥感情があるとされています。ポーランドは2004年にEU加盟し、英国に居住するポーランド人は79万人見当といいます。「ポーランド人は英国から出ていけ」の感情が潜在していて、時折、ヘイト・クライム(HATE CRIME=CRIME DE HAINE,憎悪犯罪)も起きているそうです。

1974年夏、PREFECTURE DE POLICEでの「ちょっとした体験」を40余年も引っ張ってしまいました。標題は「子育て雑記」ですから、これで終わりにします。1974年生まれの長男は在ロンドンで、嫁さんは英国籍ですが、母親は在カナダのポーランド人。2010年7月、ロンドンでの結婚式にはポーランドから親族も駆けつけてくれたのでした。

2016年8月5日 リオデジャネイロ・夏期オリンピック開幕中の日々に。   岡本宏嗣

報告ありがとうございます。引き続き、トラブル解決の進展報告、よろしくお待ちします。               ==2016年7月25日、28日付「配偶者VISA,初年度の手続きを終えたところで、パスポートを紛失、解決策はありますか?」の質問された方へ。=

報告ありがとうございます。引き続き、トラブル解決の進展報告、よろしくお待ちします。              
=2016年7月25日、28日付「配偶者VISA,初年度の手続きを終えたところで、パスポートを紛失、解決策はありますか?」の質問された方へ。=

以下の報告がありました。

8月6日付報告。                                       
あのあと主人にも一緒に来てもらいprefecture de police にも行きましたが、何も変わらず諦めていた頃にポストにprefectureから予約が書かれた手紙が入っていました。これでビザ問題も解決できそうです。ありがとうございました。

8月1日付け報告。
夫にもビザのことで4日に来てもらうことになりました。明日、明後日のOFII講習会後にまた動いてみます。先日セキュリティソシアルに伺うと、必要書類等の用紙をもらいました、レセピセでも可能とのことなので、一つずつ解決してきたいと思います。

7月26日付報告。                                                          
回答ありがとうございました。
再度この二日間でも訪ねましたが同じ返答ばかりで、最終にした電話でも2、3日の(OFIIでの講習会]のConvancationがあるからできないと言われました。 その日OFIIを待つことにしていますが気が気でありません。
おっしゃるとおり、 初年度の申請で、パスポートを紛失したので、パスポートに貼付されているVLS/VTS(在日フランス大使館発行)そしてシール(VIGNETTE OFII発行)がない ということです。
移民局に訪ねましたが、受付の女性が知らないのか、やはり(PREFECTUREで再発行の)予約を取れと言われました。

見立て。報告ありがとうございます。極近(8月6日付け)報告では、解決の道筋が見えてきたようです。引き続きの報告、それも朗報であること、願っています。                                           

ところで、パスポートを紛失したので、「パスポートに貼付されている①VLS/VTS(在日フランス大使館発行)そして②シール(VIGNETTE OFII発行)」がありません。パスポート紛失前に①②のコピーを取っておけば、再発行の迷路に入ることはなかったことを教訓としましょう。ということで、紛失届から始まり、その後の経過書類、結果書類までのコピーを全てとっておきましょう。質問者は、フランス国籍者の配偶者なので、3年滞在の4年目にCARTE DE RESIDENT(10年カード)が発行されましょう。その際に、フランスへの合法的入国書類=①、②が問われることがあります。それに対応するものとして、紛失による関連書類のコピーをしておきましょう。もちろん、軌道に乗った後の今後の書類コピーもお忘れなく。それでは、朗報、待っています。

2016年8月7日 滞在相談室  担当  岡本宏嗣
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