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taxe d’habitationとcarte de séjourについての質問です。

質問。taxe d’habitationとcarte de séjourについての質問です。
フランスで10年住んだ賃貸のアパートを退居して、2018年11月30日から日本に帰国しましが、2019年のTaxe d’habitationの支払いの通知がimpôts.gouv.frのメッセージできました。
退居のタイミングで転居先の日本の住所を登録している旨を同メールで異議申し立てしましたら、Etat des lieux de sortieのコピーを送るようにと返事がありました。
Etat des lieu de sortieを2018年11月28日に行い鍵もそのタイミングで不動産屋に返しましたが、特にサインを交わすこともなく、書類ももらっていません。
Agenceに連絡を取ろうとしますが、電話に答えてもらえず、送ったSMSに対する返答もありません。
Etat des lieux de sortieに代わる書類で、そのアパートを退居している証しとならないか、
また、支払い期日が迫っているのですが、書類が整うまで待ってもらえるかどうか、
この二点を聞き合わせようかと思っていますが、
その際、理解しておいた方が良いこと、税務署とのやりとりで気をつけた方が良いことなど、
ご存知のことがあったら教えてください。

状況説明の補足をします:
母の様子を見るためにCongé sabbatiquesを取り11ヶ月日本で過ごした後、
復職も考えていたので、Carte de séjour は返納していません。
Carte de séjourは、母との生活環境が変わる可能性を考えると持っておきたいのですが、
納税することでCarte de séjourを保持することが可能だと思われますか? これは違法なことなのでしょうか?
今回の納税額は103€で、そのくらい払っておいても良いかと考えましたが
来年、再来年もこの時期に同じことで悩むと思うと、今年でケリをつける方が良いようにも思うのです。考え方の指針をお聞かせください。

お答え・見立て。文面には明記されていませんが、質問者AさんのCARTE DE SEJOURはCARTE DE RESIDENT(CDR/通称10年カード)ですね。
「フランスで10年住んだ賃貸のアパート」「母の様子を見るためにCongé sabbatiquesを取り」「復職も考えていたので」あたりの
文言からCDR所持と推測します。

(1)CDRは、「連続して3年までのフランス不在」を認めています(CESEDA「外国人滞在管理法」L.314-7条)。
具体的には、10年後の更新手続の際に、「過去10年間に連続して3年以上のフランス不在」がなかったかどうかが問われます。といっても提出書類は「私は、過去10年間に連続して3年以上のフランス不在はなかったことを宣誓します」という文面の
DECLARATION SUR L’HONNEUR」(自己宣誓状)の提出だけです。税金関連、SECU関連などの書類提出はありません。
「税金を払っていれば更新に有利」は一切ありません。

(2)CDRはCESEDA(外国人滞在管理法)規定上、連続して3年までのフランス不在を認めていることに加え、不在中に事情が発生した場合は「3年を超えてさらにフランス不在が続く」ことをCDR発行元のPREFECTUREに届け出れば、同カードの有効性は維持され、更新も認められる、とされています(CESEDA L314-7条)。          
つまり「返還」 (RESTITUTION)がない、ということです。期限切れによる失効(PERIMEE)、 違法行為による「没収」「取り消し」
(RETRAIT)はあります。

(3)さて、税法(CODE GENERAL DES INPOTS)です。
DECLARATION SUR REVENU(所得申告)の申告用紙2042)を見てもわかるように、外国人かどうか、労働許可のある滞在許可証を所持しているかどうか、などは全く関係がありません。チェックもありません。所得申告用紙2042には、そうした事項の記載欄は一切ありません。
滞在許可も労働許可も必要としない国は、EU加盟28か国、EUには加盟していないEEE加盟3か国、そしてスイス連邦、合計34か国あります。そうしたチェックに意味がなくなっているのでしょう。                                 
ということで、TAXE D’HABITATION(住居税)についても、滞在許可証の所持・不所持は関係なく、X年1月1日にその住居に住んでいればX年度の納税義務が発生し、住んでいなければ(住んでいないことが立証できれば)発生しない、ということでしょう。                        
CESEDA(外国人滞在管理法)と税法(CODE GENERAL DES INPOTSは必ずしも整合的な関係にありません。
以上から,ご判断ください。なお、所持している滞在許可証がCDRではなく4年もののSALARIE(E)である場合は,再質問してください。見方の組み立てが変わります。

2019年12月5日  相談室  岡本 宏嗣
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2019年10月30日付けブログ「Changement statutの返答期間について」へ経過報告します。

その後の経過報告です。上記のタイトルで先日質問をさせて頂いた者です。
2020年度より外国人への就労目的の滞在許可が制限されるというニュースを見て待ちきれず、再度prefectureへ出向きました。その際の報告を追記します。

10月末に出向いた際には「待つように」と言われましたが、11月中旬には別の窓口担当者から「郵送での書類申請は一切受け付けていない、メールで予約を取るように!」と、こちらの事情を聞く様子もなく小さな紙きれを渡されました。いつからそのようなシステムになったのか問うたところ「ずっと前から(depuis longtemps)」と言われましたが、約2年前に知人が身分変更を申請した際には郵送で受け付けていたと記憶していますので、ここ1年半ほどのことかと推測します。
そこで初めて6月の書類送付が無意味で、これまでの期間を無駄に過ごしたことがわかりました。
10月の時点で問い合わせに行った際には郵送での申請が無効であること、メールでRDVを取る必要があることは全く触れられませんでした。

担当が変わると言うことが変わる、というレベルの話ではないと思いますが、今回再訪して事実を知ることができ却って良かったと思います。私が知らなかった(調べが足りなかった)だけで、他の方はすでにご存じのことかもしれませんが…
その後渡された小さな紙に記載されていたアドレスにメールを送ったところ、ものの3時間ほどで返信があり予約が取れました。ただし期日は1か月半先、年明け中旬となっています。
申請に必要な書類が添付ファイルで送られてきており、その件については近日またご相談させて頂きたいと思っております。取り急ぎ、進捗状況と情報のご報告です。ご参考になれば幸いです。

経過報告、ありがとうございます。「2020年度より外国人への就労目的の滞在許可が制限されるというニュースを見て待ちきれず」にPREFECTUREに再度出向いたとありますが、賢明でしたね。これで一歩前進しました。そのニュースは、11月5日に発表されたQUOTAS D’IMMIGRATION PROFESSIONNELLEですね。外国人労働者の職種別割り当て数(制限)方式の導入、ということのようです。サルコジー大統領の時期にも似たような措置(2008年1月18日付内務省令)がとられましたが、結局、形骸化しているのですね。今回はどうなるのでしょうか。                     

さて、PARIS PREFECTURE DE POLICEの場合です。当相談室には、CHANGEMENT DE STATUT A SALARIE(サラリエへの身分変更)が7月~9月に3件ありました。うち2件は「学生滞在」からSALARIEへの変更、もう1件は「ENTREPRENEUR/PROFESSION LIBERALE」からSALARIEへの変更です。3件とも電話でRDVの予約を取りました。追って、CONVOCTIONと必要提出リストがPREFECTUREからメールで送付されてきています。いずれもCONVOCTION当日の面接と書類提出を終え、3か月のRECEPISSEが発行されて、正式通知(SMSによる)を待っているところです。3件の内の1件は、ある不都合が発生してメールで問い合わせたところ「メールで返事」が来ています。「こんな返事がきました」と文面も見せてもらいましたが、正確な回答文面に一驚しました。こうした実際例から「電話でスタートし以降はメール連絡」が現状では確実のようです。

ところでPREFECTUREから送付されてきた添付ファイルは、
Arrêté du 28 octobre 2016 fixant la liste des pièces à fournir pour l'exercice, par un ressortissant étranger, d'une activité professionnelle salariée.(SALARIE申請に必要な提出書類リスト一覧)ではありませんか。

当相談室は、年末・年始 (12月、1月)の相談日が変則日程になります。    
TEL 01 4723 3358でご確認ください。

それでは、経過報告に重ねてお礼しつつ。

2019年12月3日  相談室   岡本宏嗣

日本で発生した給与収入は、税制,社会保障制度上、どう扱うべきなのでしょうか。 

質問。パリ在住、2年有効の家族ビザを持っています。日本にある会社で日本で給与が出る仕事(連絡業務)を始めるところです。その給与は日本の銀行口座に振り込まれるため、フランスでは年1回、所得申告だけすればよいという意見と、AUTO ENTRERENEURとしてSECUも支払わないといけない、という意見があり、判断に迷っています。また、フランスにある会社からも時折り仕事があって、こちらは給与明細が出て、CHEQUEだったりフランスの銀行口座に振り込まれたりしています。こういう状況なのですが、どう判断すればよいのでしょうか。

お答え・見立て。                                 
(1)まず、滞在許可証のことです。「2年有効の家族ビザ」とありますが、正確には滞在許可証VIE PRIVEE ET FAMILIALE(以下VPF)で、その「2年もの」ということでしょう。PASSEPORT TALENTの第3項SALARIE EN MISSIONではないので、税制(REGIME FISCAL)、社会保障(REGIME SOCIAL)の両面でフランス制度が適用されましょう。

(2)次いで「フランスにある会社からも時折り仕事があって、こちらは給与明細が出て、CHEQUE払いだったり、フランスの銀行口座に振り込まれたりしています」とあります。 これは全く問題がありません。VPFの滞在身分は、SALAIRE(給与)(a)方式でもNON-SALAIRE(非給与)(b)方式でも収入を得ることができます。A社との仕事収入は(a)方式で、B社との仕事は(b)方式で、が可能です。                                                

(3)次ぎに「日本で発生する給与」です。所得申告では「フランス国外で発生した給与」(EUROに換算して)の申告になるでしょう。日本で源泉徴収されていれば、CIMRという算出式で回収できます。源泉徴収されていなければ、フランス国内収入と同じ扱いになります。

(4)最期に、(M(A)E)としてSECU・COTISATION SOCIALEを払う必要があるか、です。これは微妙な領域です。        

4-I。申告してSECU・COTISATION SOCIALE を払う場合。
(M(A)E)は、フランス国内、国外の区別がないようですから、FACTURE仕事として申告 (ユーロ換算して)し、SECU・COTISATION SOCIALEを支払います。

4-II。申告しない場合は、過去の事例から、様々です。
(a)いささかのトラブルも発生しない。  

(b)上記(3)の所得申告の際に、SECU・COTISATION SOCIALEが支払われていないことが捕捉されて、PRELEVEMENTS SOCIAUX(SECU税)17,20%が請求されたケースがあります。とりわけ、所得税が発生しない場合=所得税額算出式から所得税がゼロになった場合は、所得税に代わる税としてSECU税をかけてくるのでしょう。 

(c)これまでは何のトラブルもなかった((a)のケースです)のに、今年は「日本で発生した給与収入に対してSECU COTISATIONを払っていることを過去2(3)年間について証明してください」の通知が送られてきたケースがあります。

(5)M(A)EでのSECU保険料。            
SECUは国民社会保険です。その保険内容を大別すれば、              
①国民健康保険(病気・出産・労働不能・死亡・労災)。               
②国民年金保険。     
ここで、①は要、②は不要の選択はできません。①②込みで保険料(COTISATION)が課せられます。しかも②は高率です。  年金云々がまだ遠い世代にはピンと来ない、また年金制度に信頼が持てない作今の事情もありましょうが、確認はしておかねばなりません。フランスの年金は夫婦(PACS含む)別々です(日本の第3号被保険者(配偶者)制度はとられていません)。
自分の年金は自分で年金保険料を払わねばなりません。
ここで「日本で発生した収入」についての質問に立ち返ります。「SECU保険料は高いので,払わないで済むことなら避けたい」があります。誰もが「払いたくないSECU保険料」を(M(A)E)として支払えば、年金支払い期間(1年は4期としてカウント)は確保されましょう(フランスの年金は1期の支払いから有効です)。
先記4-IIで触れたように、運悪くPRELEVEMENTS SOCIAUX(SECU税)17,20%を徴収された場合、これはSECU一般税で、当人の個人的保険料には関係しません。年金保険の支払い期間としてもカウントされません。寄付金に近いですね。
以上から、ご判断ください。

2019年11月25日  相談室  岡本 宏嗣

学生ビザから就労ビザへの切り替えについて、前例などから、、、、

学生ビザから就労ビザへの切り替えについて、前例などから助言いただければ幸いです。
質問。現在、在仏4年目、1年目はモード系専門学校(ディプロム取得)、2〜3年目はビジネススクールが経営している語学学校に通っており、DELF B2のディプロムも所有しています。
これ以上語学学校での更新も難しいかなと思っていたところに約2年前から働いている日本食レストランの社長から就労ビザの話をいただきました。ただ、料理人ではなくサービス・スタッフのために申請するのは初めてなのでビザが降りるか分からないと言っています。フランスでの飲食業サービス・スタッフとしてはもうすぐ3年の経験がありますが、料理関係のディプロムは所持していません。社長はフランス語が出来る日本人が必要な理由を見せるためにフランス語で流暢に日本の文化や料理を説明できる、丁寧な日本語で日本人観光客・出張者の接客・予約に従事できる等のレターの他に契約書に日本語予約・サービス担当のようなポストと書いても良いと言っています。
しかし、なかなか周りに語学学校からサラリエ・ビザへの切り替えをした人がいない、また通っていた専門学校は全く違う分野なので本当に上手くいくのだろうか、と不安になっています。
日本からの呼び寄せではなく、現地で語学学校からレストランでの就労ビザへの切り替えが成功した前例はありますでしょうか?また、例えば1週間程度の短いものでもウェイトレスの講習会などに参加して参加証明書のようなものを取得したほうが少しでもビザ切り替えの助けになりますでしょうか?

お答え・見立て。これは、学生滞在からSALARIEへの身分変更(CHANGEMENT DE STATUT D’ETUDIANT A SALARIE)ですね。「現地で語学学校からレストランでの(調理職ではなくサービス職)で就労ビザへの切り替えが成功した前例はありますでしょうか?」には「モノのハズミでパスした例しか知りません」 です。                                      
ここで「モノのハズミ」とは、期せずして申請のタイミングがよかった、ということです。例えばです。学生からSALARIEへの身分変更は年間〇〇〇〇〇件の許可件数枠があるとされているようです。たまたま、ある年度のある時期、当初の見込みより許可件数が少なかった。審査を厳しくし過ぎたのか、そもそも申請件数が少なかったのか、いずれにしても枠数に余裕があったので、通常であれば「却下」される申請もたまたまパスした、といった例です。あるいは、レストラン経営者組合から当局に「外国人を雇用しないことには経営が成り立たない。今のように審査に時間がかかったのでは職場の人事が回らない。審査をスピードアップして欲しい」といった陳情があった場合です。こういった場合は、これまでホコリがたまっていた申請書類が急に動き出したり、そうした時期に飛び込んで来た申請が難点が多いにもかからずパスしたり、の例です。もとより一過性のことですが、、、、。

いずれの例も推測の域を出ませんが、滞在・労働許可の「生きもの性」の例として折に触れて持ち出しています。         
さて、正面から労働許可=SALARIE許可を見た場合は、申請要件に「補強」が必要ではないでしょうか。ここで、社長さんの経営事情やAさんの個人的事情などから「補強」が可能かどうかの現実性は考慮外とします。                                
(1)ビジネススクールが経営している語学学校とあります。ここで、さらに学業を継続して、ビジネス学系も含んだDIPLOMEを取得できないのでしょうか(モード系専門学校のディプロムは職種違いで提出できません)。つまりDIPLOMEの整合性(広義での)です。                     
(2)「例えば1週間程度の短いものでもウェイトレスの講習会などに参加して参加証明書」はプラスでしょう。同時に、CHAMBRE DE COMMERCE(商工会議所)などが主催する「レストラン経営セミナー」の受講証明もプラスではないでしょうか。フランスにはHOTELLERIE-RESTAURATIONというレッキとしたビジネス・ジャンルがあります。その養成・指導講習会を熱心に受講したいですね。「サービス職」にこだわるのではなく、HOTELLERIE-RESTAURATIONの中の「サービス職から出発する」という位置付けです。DIPLOMEの補強です。                                   
(3)「サービス職で日本語が話せる」のアプローチには却下例があります。却下理由は「フランスの求職市場からさがしてください。そして仕事に必要な日本語を教えてあげてください」でした。
「レストラン経営をよく勉強していて、しかも日・仏両語に長けている」のアプローチが無難ではないでしょうか。

2019年11月25日  相談室  岡本 宏嗣

「フランス/パリ滞在質問箱」に時折り割り込んで掲載(第22回)  私書函版「フランス/パリ・子育て雑記」(第22章)

「フランス/パリ滞在質問箱」に時折り割り込んで掲載(第22回) 
私書函版「フランス/パリ・子育て雑記」(第22章)


雑感「フランス/パリ・子育て」の周辺(2)
=仕事も家庭も英語オンリーの息子たち=

社会人の息子二人は、仕事も家庭生活も英語です。
長男はロンドン在で、フランス系の会社に勤務していますが、職場は英語。嫁さんも英語人なので、家庭生活も英語です。   次男は中東在で、同じくフランス系の会社勤務ですが、職場は英語、嫁さんとの会話も英語です。
二人とも、パリ生まれで、学校教育は全てフランス語、全身これフランス語人ですが、 現在、日々の生活は英語なのですね。この英語生活が、二人とも かれこれ10年以上続いています。                            
長男、次男ともフランス系会社なので、職場にはフランス語人がチラホラいるようで、 彼らとは、職場外での会話はフランス語で話すこともある、といいます。フランス語とのお付き合いはそんな程度だといいます。
二人の英語力がどの程度のものなのかよくわかりませんが、一歩踏み込んで見ると、英語環境が違います。長男は「英語国」で生活しています。次男は「英語圏国」(ANGLOPHONE)での生活ですね。この違いはどうなのでしょうね。

それはさておき、全身これ日本語人の父親(僕です)と母親(家内です)には、息子たちの日々の生活がフランス語であろうが英語であろうが、その英語の舞台が「英語国」であろうが「英語圏国」であろうが、どうでもよいことで、大切なことは親子の会話が日本語でキチンと成立することです。もっとも、今となっては親子の会話といってもたまさかのことです。社会人となっている子たち、それも遠隔の地に生活しているのですから、連絡事項がほとんどです。夏休休暇に嫁さんを連れてパリに戻ってくるとか、何泊の予定なのか、とか。ノエル(クリスマス)は長男夫婦がいるロンドンに集合するか、それともパリに集合か、とか。(注1)
(注1)子どもたちの日本語学習、日本語習得については後章に回します。僕にとって、「子育て」の中心、核心に居座り続けているテーマで、厄介な問題です。

ところで、子たちにとって英語とは何なんだろう、フランス語人にとって英語とはどういうものなのだろう。こういう素朴な「問い」がここ10年くらい、時折り、頭に浮かぶのですね。
長男がANGLAIS(英語)を学校での学習教科として始めたのは中学校(COLLEGE/コレージュ)の1年目(日本の学制では小六相当)だったと思います。教科としてANGLAIS  (英語)が始るというので、僕はこんな無駄話をしたのを憶えています。この無駄話は面白かったようで、長男は後年、「憶えているよ、こんなハナシだろ」の反応があったものです。
無駄話のひとつはこうです。
「お父さんは、今は英語は全くダメだけども、中学、高校までは英語が得意だったんだ」と自讃しておいて、こう続きます。
「中学校でのある時の英語のテストで100点だったけど、模範解答として廊下の壁に貼り出されたんだ。ところが1か所、間違っているんだよ。先生、これ間違っているんじゃないですか、なんていい出す勇気も良心もない。中には、×点や空白だらけの自分の答案用紙を手にしてCORRIGER(誤りを直す)している生徒もいるんだ。まいったよ、早く引っ込めてもらいたくてね、ヒヤヒヤものだったよ」
無駄話のもうひとつはこうです。無駄話ですが教訓的ではあります。
「小学校6年の頃だったと思う。さるところで、さる先生のお説教だったんだけれどね。お父さんは今でも忘れていないんだ」。以上は前置き。
「英語の勉強を始めたばかりの中学生が電車の中だかバスの中で、いい年をした大人が英語の本を読んでいるのが目に入った。それとなく近づいて覗くと、自分が今学んでいる初級英語の教科書なんだね。いい年をした大人が、、と内心小バカにしたんです。それから1年後、また、電車の中だかバスの中でその大人に出会ったんです。驚いたことに、その人は分厚い英書を読んでいたのですね」

フランス政府による「外国語の侵食からフランス語を防衛する法律」がありました。ここで「外国語」とは主として「英語」を念頭に置いていることは言を俟ちません。
LOI RELATIVE A L’ENPLOI DE LA LANGUE FRANCAISEです。
1975年に出た法律は、フランス語に該当語がある場合は、広告宣伝、RADIO、TV、公文書などで、外国語を使ってはならない。RADIOで流す歌謡曲、音曲の類いはその 40%がフランス語でなければならない、といったものでした。
1994年にも出ています。通称LOI TOUBON(トュボン法)です。1975年のそれと
ほぼ同趣旨の「フランス語を英語の侵食から守れ」ですね。(注2)

(注2) 1989年にINSTITUT PASTEUR(パスツール研究所)の紀要が英語で刊行されることになりました。そこで登場したのが、その時期の文化・フランス語圏担当大臣JACQUES TOUBON(ジャック・トュボン1941-2009)の名を冠したLOI TOUBON(トュボン法)でした。国の助成金でなされた研究成果はフランス語で発表されねばならない、というものでした。これは、表現の自由を保障する憲法に違反するという判決が出て、骨抜きになったとされています。

いずれにしても、二人の息子の学齢期、フランスの文化・言語政策は、フランス語の防衛と英語の侵食阻止に熱心でした。
世界的な潮流となっている英語の一極集中に抗し、PLURILINGUISME(多言語主義)を言語政策として打ち出してきた時期でもありました。
英語、ドイツ語、スペイン語、イタリア語、アラブ語、ヘブライ語、ロシア語、、、、中国語、日本語などが一線に並び、英語は諸外国語のONE OF THEMという位置付けにしたのでした。こうした外国語事情でしたから、学校での英語教育には特別に力を入れていないのではないか、と踏んでいたものでした。息子たちは英語を外国語として選択していましたが、真剣に取り組んでいた姿を見たことがありませんでした。

これが大いなる読み違えであることがECOLE D’INGENIEURに入学してから分かりました。
よくいわれるように、英単語の6割はフランス語(ラテン語も含む)と重複しているので、僕たち非アルファベット語人とは学ぶ根本的姿勢が違うのでしょう。出来て当たり前、出来ない奴は置いてきぼり、が実情でした。政府の文化・言語政策がどうであれ、
GRANDES ECOLESでは英語力を厳しくチェックしているのでした。
長男は地質学・資源系のECOLE D’INGENIEUR(3年制、定員70名)したが、入学初年度は英語の成績順でクラス分けになったのでした。数学、物理・化学ではさしたる差が出ないという理由でした。
次男は水資源・環境工学のECOLE D’INGENIEUR(3年制、定員30名)でしたが、卒業までにTOEIC900点満点で785点以上取らないとINGENIEURのDIPLOMEが出ないということでした。(注3)
それで、「卒業までに785点以上取れなかった学生はいたのかい」と聞いたところ、 「一人いた」でした。アルザス地方出身の学生でCOLLEGE・LYCEE・PREPA(中学校4年・高校3年・プレパ2年)の9年間、一貫してドイツ語を第一外国語として学んで きたので英語力にハンディがあったといいます。他の生徒に一拍遅れたものの、無事、INGENIEURのDIPLOMEは取得できたそうですけれど、、、。
水資源・環境工学を学んだ次男から教わった英語のジョークがあります。フランス語でないところがミソですね。
ゴミ処理場、汚水処理場などの建設の際は、住民の反対が付きものです。
NIMBY、NIMEYというそうです。
NIMBYとは、NOT IN MY BACK YARD(私の家の裏庭には設置しないでくれ)
NIMEYとは、NOT IN MY ELECTION YEAR(私の選挙の年には設置しないでくれ)

(注3)既に触れた様にGRANDES ECOLES(グランゼコール)は、
①ECOLE D’INGENIEUR (技術系)②ECOLE DE COMMERCE(商業・ビジネス系) に大別されます。INGENIEURのDIPLOMEを出すことが認められいる学校が、GRANDES ECOLESの中のECOLE D’INGENIEURです。
ごくごく最近のことです。メトロ構内の壁面に大きなポスターが貼られていました。

Salon STUDYRAMA
 Grandes Ecoles
COMMERCE/MANAGEMENT/INGENIEURS
150 GRANDES ECOLES PRESENTES
Sam.9 et Dim. 10 novembre 2019  Event Center Porte de la Villette

STUDYRAMAという受験ビジネス会社の主催です。
150校のGRANDES ECOLES(商業系・マネージメント系・技術系)のブースがPorte de la VilletteのEvent Centerであなたをお待ちしていますよ、のポスターです。
この種のSALONは、これまではL’ETUDIANTという受験ビジネス会社が独占していましたが、STUDYRAMAが割り込んできました。フランスも受験教育ビジネスに競争が出てきましたね。

さて、英語のハナシでした。
日本では2020年から実施が決まっていた大学入学共通テストでの英語民間試験
が土壇場で見送りになり、かまびすしいですね。一方、英語の早期教育は202
0年より小3から必修化、小5,小6は教科化といいます。
こちらフランスでは英語の一極化現象へのレジスタンス、日本では「英語バスに乗
り遅れるな」。
そういえば、BREXITが実現したらEU本部機構内の膨大な事務処理はどうなるの
でしょうか。英語とフランス語が拮抗しているといいますが、この力関係に影響が
でるのでしょうか。                            そういえば、フランスの大学では、フランス国籍・EU加盟国籍以外の外国人学生の学費を大幅に引き上げました。奨学金制度や減額措置などいろいろあるのでしよ
うが、DECRET(政令)では、
LICENCE、(学士課程) 2770ユーロ(フランス国籍・EU加盟国籍学生180ユーロ)
MASTER(修士課程) 3770ユーロ (同 243ユーロ)

2018年までは同額で、両者間に差がなかったのです。2018年秋に格差料金制が決まったのでしたが、その際のある閣僚のコメントがふるっていましたね。
「英国がEUを出ていけば、英国の大学への留学生は大幅に減るだろう。フランスの大学が高く付くことになっても留学生は減らないハズだ。否、むしろ、増えるかもしれない」
                                  **
この章では、主として以下を参考にさせていただきました。
「あえて英語公用語論」 船橋 洋一      文春新書
「英語への旅」 ピュス・エルヌフ 内田謙二   影書房
「反=日本語論」 蓮実重彦           筑摩書房    
 (とりわけ、1章「滑稽さの彼岸に」)

  2019年11月  記  岡本宏嗣
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