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ビジタービザを取得して,1年間,来年の3月までフランスにいます。その間,数回滞在場所を変えるのですが,申請は必要なのでしょうか。

質問。ビジタービザを取得して,1年間,来年の3月までフランスにいます。その間,数回滞在場所を変えるのですが,申請は必要なのでしょうか。

お答え・見立て。
必要ないようです。2016年10月28日付政令(DECRET)で「1年以上の
複(多)数年(PLURIANNUELLE)滞在許可証の所持者は、移転してから3か月以内に
PREFECTUREに届け出ること」とされています(CESEDA R321-8)。
質問者はVISITEUR VISAとあります。推測するに1年間のVLS-TS(滞在許可証に準ずる長期滞在VISA)の所持ではないでしょうか。そして、更新はせずに帰国するようです。
届け出の必要はない、と見ます。

2018年8月8日  相談室  岡本宏嗣
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報告と質問です。PLです。5年滞在でCARTE DE RESIDENTを取得しましたが、、、

報告。パリ在住です。長期に学生滞在をしていましが、日本へ一時帰国してコンペタンス・エ・タランのビザを取得して2013年に再入国しました。
プレフェクチュールで滞在許可証を申請したところ、PLとされました。
毎年更新して満5年間となったので、今回CARTE DE RESIDENTを申請し、無事に発行されました。以上は報告です。

質問。
この5年間、収入を下げないように、かなり無理をして社会保障費、所得税を支払ってきました。
今後は、社会保障費、所得税の支払いに無理をしなくてもよい、と聞いていますが、
大丈夫でしょうか。年金支給額が下がるので、現状維持がよいとも聞きます。
このあたりのアドバイスをお願いします。未婚で子供はいません。

まず、貴重な体験報告にお礼します。よく頑張りましたね。努力家ですね。CARTE DE RESIDENT(CDR)取得に敬意を表します。
2013年にCOMPETENCES ET TALENTS(C&T/3年もの) VISAを取得して再渡仏したにもかかわらず、PL(1年もの)にされたとあります。2013年当時にはそうした「格下げ」が頻繁に起こっていました。「C&Tではない、SALARIEです」とされた例も
複数知っています。そして2016年3月法で削除され、同年10月で廃止になりました。
結果的にはよかったのではないでしょうか。毎年更新方式に「格下げ」されたことが、 5年の最短時間でCDRが取得できた、と見ることもできます。

ここで話しがそれます。C&TからCDRを取得した実例は「当相談室では」1件のみです。1回更新した上でのCDR取得ですから6年を所要しています。
C&T3年を消化した時点で、C&T の更新ではなくVIE PRIVEE  ET FAMILIALEに
切り替えたケースもありました。フランス国籍者とのPACSを交わしたケースだった
と記憶しています。
2年後に「C&T滞在3年+PACS滞在2年=合計5年」となったのでCDRを申請したところ、「C&T滞在3年はカウントしない、PACS滞在で5年が必要」とされてCDRは発行
されませんでした。「そんな法規定はない」ということで弁護士経由で動いたことでしたC&Tにはまだまだマイナーな話しがありますが、、。
こうしたC&T物語を回想しますと、報告者のケースはむしろ幸運といいたいところです。

次に「質問」です。年金との関係も含まれているので複雑です。ここでは控えます。 
相談室をご利用ください。
毎月 第二木曜日、第四火曜日 要予約 TEL 01 4723 3358
8月は変則で、第四火曜日のみです。
 
貴重な報告に重ねて深謝して。

2018年8月7日  相談室  岡本 宏嗣

「フランス/パリ滞在質問箱」に時折割り込んで掲載(第15回)  私書函版「フランス/パリ・子育て雑記」(第15章)

「フランス/パリ滞在質問箱」に時折割り込んで掲載(第15回) 
私書函版「フランス/パリ・子育て雑記」(第15章)

「暗記もの」

前章14章で触れた「プレパ」については、もう少し書留めておきたいことがありますが、今回は小休止。後章送りとします。

還暦を控えた時期から、暗記ものに凝りだしました。老化呆けへのささやかな抵抗です。
まず、手始めにパリ・メトロ1号線から14号線の全駅を暗記しました。次いで、RER (Réseau Express Régional、首都圏快速鉄道網)のA、B、 C、 D、 Eの5路線。一口にA号線といってもA1からA5まであります。B、 C、 D、E号線も然り。これをなんとか憶え、次はTRAMWAY(路面電車)T1からT4まで。通勤メトロの車内、就寝の際のベッド、、、などで折に触れてブツブツ唱えて憶えました。
交通網の暗記の次は、フランス本土(METROPOLITAINE)の95県(DEPARTEMENT)の県名です。パリの県番号が75であるように01から95までABC順に(一部変則はありますが)県名が並んでいます。
例えば、TVでの地方ニュースです。地方色豊かなイヴェントの紹介、8歳のイザベルが行方不明になり昼夜の捜索が行われている、山火事があった、洪水があった、、、、などの報道には、
それがどの県での出来事か、その県名がニュース画面に必ず入っています。
日本でも「OO県XX市からお伝えしました」があるのと同じことです。

「A」は01のAIN県から12のAVEYRON県までの12県、「B」はマルセイユを県庁所在地とする県番号13のBUCHES-DU-RHONE県のみ。Cは、、、と続けて覚えていきました。75のパリあたりまでなんとか漕ぎ着けましたが、このあたりから、苦しくなってきました。
ABC順に01から95まで暗記しても、その県が「HEXAGONE(六角形))フランス」のどの当たりに位置するのかが分からないのです。
例えば、02のAISNE(エン)県です。県庁所在地はLAON(ラン).これは分かります。パリに漂着した40年ほど前、何でも見てやろうに燃えていた初期、REIMS(ランス)の大聖堂を拝観し、その足でLAON(ラン)の大聖堂にも回りました。「あの辺りだな」の見当が付きます。
ところが、01のAIN(エン)県になるとお手上げです。東か西か、北か南か。     HEXAGONE(六角形)のどの辺りなのか、見当が付きません。息子たちとVACANCESを過ごした、旅行に行った地域はだいたい分かりますが、95県の中で訪問した県の数は知れたものです。
そこで方針転換、22のREGION(地方圏)別に憶えることにしました。(注1)
Aは、ALSACE(アルザス地方、2県)、AQUITAINE(アキテーヌ地方、5県)、AUVERGNE(オーヴェルニュ地方,4県)といった具合にです。
この方式で暗記していくと、どの辺りかの見当がつきます。前出の01AIN県はRHONES-ALPES(ローヌ・アルプ(ス)地方、8県)。8県の中の一県にあるのでした。
こうして、95全県、その県庁所在地をほぼ完璧に憶えました。

(注1)2015-2016年に22のREGION(地方圏)が13のREGION(地方圏)に統合されましたがいささかの影響もありません。例えば。CHAMPAGNE-ARDENNE(シャンパ―ニュ・アルデンヌ地方 4県)、ALSACE(アルザス地方、2県)、LORRAINE(ロレーヌ地方、4県)が統合されてGRAND EST(グラン(デ)エスト地方、10県)に統合されました。こういうことですから、暗記内容はそのまま有効です。変更、修正は生じていません。

こんな暗記ゲームを楽しんでいた時期のことです。こんなハナシが耳に入ってきました。
INALCOの日本語学科だったか、パリ第7大学日本語学科だったか、日本人関係者から耳にしたことです。「日本地理論」でのテスト問題でのことです。(注2)
日本列島の白地図が記されている。白地図には河川だけがチョロチョロとひげ線で書かれている。その河川の名前を書きなさい。
「こんな問題に何の意味があるのか。北海道は石狩川しか知らないし、あとは利根川、信濃川くらい。それをフランス人学生にやらせて、、。まったく無意味な問題」とその関係者は嘆くのでした。
出題は日本地理学専攻のフランス人講師。必修科目か選択科目かは知りません。
これは、暗記ものといってよいでしょう。河川名を暗記していなければ答えようがありません。おそらく、複数の出題があって、その一つだとは思いますが、その日本人の関係者と
同様、僕もこのテスト出題は奇異に感じたものでした。

以下の3つのテーマから一つを選んで論述しなさい。
(1)日本の気候風土の特徴について。
(2)日本の森林率は約70%で世界第三位であることについて。
(3)地震、台風などの風水害と日本人のメンタリティについて。

僕が勝手にイメージする日本地理論でのフランス的問題はこんなところでしょうか。
試験での論述は大きく正面から振ったテーマが選ばれる、そういう印象をもっていました。

(注2)INALCOイナルコの正式名はINSTITUT  NATIONAL DES LANGUES ET CIVILISATIONS  ORIENTALES・国立東洋言語・文化研究所。LANGUES ’Oラングゾー
とも略称されています。


記憶を手繰ってみると、息子が学校の勉強で暗記ものをしていた光景は二つしか覚えていません(よく観察していなかったこともありますが)。いずれも小学校(5年制)高学年、あるいは中学校(4年制)の時期だったでしょう。
一つはフランス古典詩の暗唱テスト。これは第13章に記しました。                  もう一つは、教科は歴史(HISTOIRE)、学習テーマは「フランス革命」。フランス革命暦の暗記です。
VENDEMIAIRE(ヴァンデミエール・ぶどう月)とかGERMINAL(ジェルミナル・芽月)とかTHERMIDOR(テルミドール・熱月)とかの革命暦です。
はるか昔、僕の学生時代、マルクスの「ルイ・ボナパルトのブリュメール18日」は、準必読書の一つでした。結局は読みませんでしたが、「ブリュメール」はよく覚えています。
エミール・ゾラには「ジェルミナル」があり、これも読んではいないのですが、
同名の映画は観ています。GERARD DEPARDIEU(ジェラール・デパルデュ)、RENAUD
(ルノォ)、MIOU-MIOU(ミウ・ミウ)の出演。監督はCLAUDE BERRI(クロード・べリ)。
革命暦は西暦とは全く異なっているので、暗記するしかないでしょう。

僕「革命暦を暗記しているのか。どれどれ見せてごらん」。
次男が手にしていたノートを取り上げた記憶があります。
次男「(日本人の)お父さんには関係ないだろう」とちょっぴり反発した顔があったように見えましたが、次いで、
次男「(テストには)出ないと思うけど一応、憶えておかないと」。
僕「HISTOIRE (歴史)での暗記ものはテスト向きではなさそうだけど、まあ、しっかり覚えておきなさい」

こんな記憶の断片から20年は経っていた時期です。
酔狂にもフランスの95県全県名を暗記したり、「日本地理論」での河川名テストを(ナンセンス)と憤慨していた時期、5-6年前のことだったでしょう。
既に社会人になり、フランス国外で職を得ている次男坊が久々に帰省した時のことです。
「フランスの95県の名前、CHEF-LIEU(県庁所在地)を完全に憶えたよ」と自慢したのでした。
次男坊いわく「フランスの県の名前は、ほとんどが川の名前だよ。FLEUVE,かRIVIEREの名前だよ」
一瞬、ゴツンと頭を殴られたような衝撃を受けました。瞬時に口に出のは、
「モンペリエ(MONTPELLIER)のあるエロォ(HERAULT)も川の名前かね?」
「川の名前だよ。忘れたの? 駅前から市民バスに乗って鍾乳洞に行ったでしょ。
ゴルジュ・エロォ(GORGES DE L’HERAULTエロォ峡谷)の鍾乳洞。
それから、PONT DU DIABLE(悪魔橋)の上から僕の虫歯を投げたでしょ。
あれがエロォ(HERAULT)川」。
そうでした、そうでした。歯医者で引っこ抜かれた虫歯を母親がお守りのように保存していたのを、PONT DU DIABLE(悪魔橋)からエロォ(HERAULT)川に投げ捨てたのでした。
さよなら、虫歯クン。一種の儀式でした。

指摘されてみれば誠にその通り。県名のほとんどにその県を流れる河川名が付いています。
SEINE(セーヌ)が付く県は4県。
SEINE-MARITIME(セーヌ・マリティム)県、県庁所在地はROUEN(ルーアン)。
SEINE -ET-MARNE(セーヌ・エ・マルヌ)県、同MELUN(ムラン)。
HAUTS-DE-SEINE(オー・ド・セーヌ)県、同NANTERRE(ナンテール)。
SEINE-ST-DENIS(セーヌ・サン・ドニ)県、同BOBIGNY(ボビニー)。
もう一つ、よく知られた河川にロワールがあります。
LOIRE(ロワール)はFLEUVE(海に注ぐ大河)。6県。
LOIR(ロワール)はRIVIERE(川、支流)。LOIRが付く県は2県。
2県とも、もう一つの川が流れています。EURE ET LOIR(ユール・エ・ロワール)県。CHARTRES(シャルトル)が県庁所在地。LOIR ET CHER(ロワール・エ・シェール)県。BLOIS(ブロワ)が県庁所在地。

長男はNANCY(ナンシー)のGRANDE ECOLE( D’INGENIEURE)を卒業しました。NANCY(ナンシー)はMEURTHE-ET―MOSELLE(ムルト・エ・モゼル)県の県庁所在地です。ムルト川とモゼル川が流れているのでしょう。
次男はSTRASBOURG(ストラスブール)のGRANDE ECOLE( D’INGENIEURE)でした。BAS-RHIN(バ・ラン)県です。日本語にすれば「下ライン河」県でしょう。
隣県HAUT-RHIN(オー・ラン)のCOLMAR(コルマール)にアルザス成城学園
がありました。HAUT-RHIN(オー・ラン)は「上ライン河」県でしょう。

「フランスの県の名前は、ほとんどが川の名前だよ。FLEUVE,かRIVIEREの名前だよ」
この指摘で思い出したことがあります。
HEXAGONE(六角形))のフランス地形定規です。2定規で一組み。一つは、95県とCHEF-LIEU,(県庁所在市)を配置したもの。もう一つは、河川のみを配置した定規です。
息子たちは小・中学期にこの定規を使っていたことを思い出したのです。
折に触れて家宅捜査したのですが出て来ません。スーパーの文具コーナーにもありません。SAINT MICHEL(サン・ミッシェル)の書籍・文具専門店GIBERT JEUNE(ジベール・ジュンヌ)で見つけることができました。2定規一セットで8ユーロぐらいでしたか。今、手元には2セットあります。
もう一つ。前述の「日本地理論」でのテスト問題です。
日本列島の白地図に河川がチョロチョロとひげ線で書かれている。「その河川名を書きなさい。」
この出題の「謎(?)」も解けたのでした。

2018年8月7日  記    岡本 宏嗣

act de naissance、act de mariageについて(家族呼び寄せ手続きでの)

質問。
この度、日本にいる配偶者の呼び寄せを考え、情報を調べております。
以下の疑問があります。
①申請書類リストに私自身と配偶者のact de naissence、act de mariageとあります。
この二つは戸籍を元に在仏日本大使館で作成できるのですが、注釈として、提出書類は法定翻訳またはアポスティーユ付きのもの、となっております。
大使館で作成されるものは、法定翻訳ではないと聞いたことがあります。
ならば、戸籍を法定翻訳して貰えばいいのですが、
周知の通り日本の戸籍(謄本)には、出生証明、婚姻関係も全て書かれているので、
戸籍の法定翻訳を持って双方のact de naissance、act de mariageとしても良いものでしょうか。
それとも戸籍の法定翻訳、大使館による双方のact de naissence、act de mariageと全て揃えたほうが安全でしょうか。
(セキュの名義変更ですらact de mariageでは不可だったので、戸籍の法定翻訳は絶対必要なものと思っています)

②livret de familleもリストに入っているのですが、子供がいない場合でも提出するものなのでしょうか。
もし提出する場合は上記2つの書類と同じ疑問が残ります。

③法定翻訳を頼むにしてもアポスティーユはあったほうがいいのでしょうか。

なるべく不備で書類返却されないように最短で手続きに挑戦したいと思っていますのでご教授頂けると助かります。

お答え・見立て。REGROUPEMENT FAMILIAL(RF/家族び寄せ)申請でのこれまでの事例から100%安全確実な対応は以下です。書類審査者には大まかなタイプもいれば、律儀で厳格なタイプもいます。100%安全確実な対応とは、どんなに律儀で厳格な審査者にチェックされても書類の不備がない、ということでしょう。
(1)1通(部)の戸籍謄本から1通の証明を作成しておくのが安全確実です。
   (a)DEMANDEUR(申請者=呼び寄せ者)の出生証明
   (b)BENEFICIAIRE(呼び寄せられる配偶者)の出生証明
   (c)ACTE DE MARIAGE(結婚証明)
   (d)LIVRET DE FAMILE=FICHE FAMILIALE D'ETAT CIVIL(家族証明)

(2) (d)は、子どもがいない場合は提出の必要がないでしょうが、書類審査者によっては「書類不足」として提出請求してくる可能性があります。子どもがいる・いないに関わらず書類として必要ということでしょう。また、子どもが複数いる場合に、長男・長女(次男・次女)は呼び寄せるが次男・次女(長男・長女)は呼び寄せない、というケースもあるようです。家族倫理,家系意識は国によって宗教によって様々なのでしょう。経済事情もあるでしょう。ここでは「子どもがいないことの証明」と考えてもよいかもしれません。

申請先のOFII(移民局)に問い合わせたら「子どもがいないなら必要がない」の回答だったので提出しなかったところ「書類不足」して追加請求があった、といったこともありそうです。
以上から、戸籍謄本4通(部)。いずれもAPOSTILLE付きが安全。
最近の事例です。追加書類として請求されたある証明にAPOSTILLEナシで提出しました。
あわてて日本の留守家族に戸籍謄本の取り寄せを依頼した事情があります。
それで、提出書類が先送のAPOSTILLE付き、後送APOSTILLEナシ、になってしまいました。当人は「大丈夫かな」と大いに気を揉んでいましたがパスしました。とはいえ、これは精神衛生上よろしくありません。

(3)法定翻訳とAPOSTILLEは別のことです。法定翻訳者は裁判所が任命する資格です。
日仏法定翻訳者は「ここに記載されている日本文の内容を正確にフランス語に翻訳しました」
が仕事です。一方、外務省が出すAPOSTILLEは「この文書は真正です。偽造、改竄文書ではありません」です。

日本は戸籍制度を採用しているので、戸籍謄本に出生、結婚、子どもの出生が記載されています。ところで、戸籍制度がとられているのは日本、中国、韓国など少数の国です。少数派です。
多数派はフランス方式です。出生証明は出生した産院のあるMAIRIE(市役所)に届け出ます。
ここに出生台帳があります。私個人についていえば、パリ7区に住んでいる時期に長男はパリ
14区の産院で出生しました。長男の出生台帳はパリ14区MAIRIE(市役所)にあります。
出生証明はパリ14区MAIRIE(市役所)で取り付けます。次男はパリ17区に住んでいる時期に同じ17区の産院で出生しました。出生証明はパリ17区MAIRIE(市役所)で取り付けています。結婚も婚姻を届け出たMAIRIE(市役所)に台帳があります。ここから結婚証明が出て来ます。時折り、フランス国籍者と結婚した日本女性から「MAIRIEで入籍を済ませました」の報告がありますが、「戸籍」が存在しないので、入籍もありません。

最後に。質問文の末尾に「子育てブログ」をお読みいただいていることが記されていました。
その部分は省略させていただきましたが、ありがとうございます。読者がいることは嬉しいことです。とても嬉しいです。重ねてありがとうございます。

2018年7月27日  相談室  岡本宏嗣

滞在許可申請の際の身上調書への記入がよく分からないのですが、、。

質問。滞在許可証を申請する際に、A4サイズ1枚の身上調書があります。
Date de dernière entrée en Franceには何の年月日を記入するのでしょうか。ご存知でしたら教えてください。

お答え・見立て。                                  
当室でしばしば受ける質問のひとつです。
在日フランス大使館でVISAを取得してフランスに入国した年月日でしょう。日本へ一時帰国して戻ってきた最近の期日ではないでしょう。
フランスに入国・滞在そして帰国、数年を経て再入国・再滞在というケースがあるのでしょう。とりわけフランスの旧植民地国やフランスが宗主国だったアフリカ・アラブ諸国の人々に多いのではないでしょうか。DERNIERE ENTREE EN FRANCEは「以前のことではなく、今回のですよ」ということでしょう。
現行の滞在許可証には記載がありませんが、それ以前のカードではDATE ENTREE EN FRANCEは記載事項でした。「日」は省略、「OOOO年X月」が記載されていました。

以上で質問にはお答えしました。以下は補足です。

この身上調書には大切なポイントがいくつかあります。
(1)父親の姓名、母親の姓名の記入欄があります。母親の姓はフランス民法方式で本姓
(NOM DE NAISSANCE、日本での旧姓)の記入です。そして、とりあえず発行される
RECEPISSE(レセピセ)には両親の姓名が記載されているのですね。
「それが何か?」といわれれば、それまでのことなのですが、、、。

(2)家族、近親者について「フランス在住」「フランス国外(国名記入)在住」の記入欄があります。(妻(夫)、子どもについては別個に記入枠があります)。
親、兄弟・姉妹、伯(叔)父(母)などでしょうが、縁戚関係(LIEN DE PARANTE)も記しなさい、とあります。

ところで、ある相談日でのある相談者の場合です。
「滞在許可証の更新申請が却下されたのですが、、、」の相談がありました。
PREFECTUREからの「却下通知状」を読みました。却下理由はあれこれ記されていたのですが、その当否は別として、最後に記されていたことを日本語にするとこういうことでした。
「あなたにはフランスに一切の家族、縁戚者がいません。あなたの滞在許可更新申請を却下してフランスを退去することになっても(家族を引き裂いてはいけないという)ヒューマニズムにはいささかも反しません」。
この身上調書での情報が採用されていることが窺われます。
過去の実例からです。更新却下通知状に国外退去勧告まで付されているケースは圧倒的に単身滞在者に多いといえます。

(3)この身上調書の裏面はPREFECTURE側の「事務処理」欄になっています。
「担当者の見解・評価」欄(OBSERVATION DE L’AGENT)があります。        
 AVIS  FAVORABLE(申請内容は評価できる)とか、コレコレのことを確認するために追加書類ナニナニを請求した、、、
とかを記述するのでしょう。末尾にNOM ET SIGNATURE DE L’AGENT(担当者名、署名)

さらに、
「DECISION(決定)」欄があります。いろいろのことが書き込める紙幅があって、末尾にNOM ET SIGNATURE DU RESPONSABLE(責任者名、署名)。

CONVOCATIONの当日・当刻(遅れることが多いのが実情ですが)、面接担当者がなにやら真剣にペンを走らせていませんか。「担当者の見解・評価」を書いているのでしょうね。

こんな例もありました。
「CARTE DE RESIDENTの初申請でしたが、「5年間の滞在ご苦労さん。CARTE DE RESIDENTを出します」といってカード引き取り日のCONVOCATIONを即、その場で出してくれたのです。面接担当者が発行権限者でもあったようです」。
「DECISION(決定)」欄にも記入できる権限者だったことが窺えます。

「この身上調書には大切なポイントがいくつかあると記したのは、以上のようなことです。

2018年7月20日  相談室  岡本宏嗣
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